商工中金の不正問題でも取り沙汰された企業のガバナンス問題。“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、アメリカと比較し、日本の行く末を案じる。

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  女性国会議員が秘書に暴言を吐いた時の音声が、テレビで盛んに流された。そんな頃、我が社でかつて働いたイクコさんからメール。「社長も気をつけてくださいね。秘書に叱られる音声が流出しないように。私も恥ずかしい思いをするので」

 そういえば、よく怒られるよな~。「こぼさないでください。私は介護のために雇われたわけではありません」「ネクタイをみそ汁に浸さないでください」「議員、部屋はゴミ箱ではありません」……。

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 以前に書いた商工中金の不正問題をはじめ、ガバナンス向上は企業の課題。まずは取締役会の役割が大きい。しかし、米銀に15年間勤めた私は、日本の取締役がガバナンス機能を真に果たしているのか疑問に思う。米国のシステムをまねしても、うまく機能しないのではないか?

 米国では取締役は株主の代表で、株主の立場から経営陣を監視する。取締役は多くの株を保有している。社外取締役が過半の企業が多いと思うが、彼らは就任時に多数の株を供与されているのではなかろうか?

 株主代表の取締役会の監視は、私の秘書が私を監視するほどに厳しくかつ真剣だ。ガバナンスがしっかりしていないと不祥事で株価が下落し、自分自身も大損してしまうからだ。
 私が勤めていたモルガン銀行は、新しい金融商品を発売する時、レピュテーションリスク(=会社の評判が下落するリスク)をとても気にしていた。

「この金融商品は、顧客に不測の損害を引き起こし会社の評判を落とす可能性があるかないか」などのチェックだ。レピュテーションを落とすと株価は大幅下落するから、その可能性が高いと取締役会で問題視される。

 取締役はブレーキ役だけではなく、経営陣を叱咤激励するアクセル役も果たす。経営陣が死ぬ気でがんばらないと、これまた株価が下落する。

 
 さらに、経営陣も株式オプションの供与で大株主になっていて、不正経理を働くモチベーションも低い。不正が発覚すれば、株価暴落で自分が築き上げた財産(=株式)がパーとなる。

 米国では、会社とは株主のものに尽きる。まさに経営学で言う真の株主資本主義。だからこそ、自分たちが株主代表である取締役会のガバナンス機能が、強烈に働くのだ。

 一方、日本の企業は株主、経営者、労働者、地域社会、メインバンクなど、いろいろなステークホルダー(利害関係者)がいる、社会主義的資本主義。取締役会は株主代表というわけではなさそうだ。取締役会と執行役員は米国のように、前者が株主の代表、後者が経営陣の代表という明確な区別はないように思える。

 社外取締役はもちろん、社内取締役も米企業ほどには大量の自社株を保有していないだろう。そうなると株価を守るインセンティブは米国企業ほど高くはない。株価より「経営者としての立場」に長くとどまりたいとのモチベーションが高くなることもあろう。

 そうなれば、不正経理で何とか急場をしのぎたいと思う可能性もある。日本企業と米銀の両方を経験した私の感想である。

週刊朝日  2017年8月18-25号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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