落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「改造」。

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 世の中には傍から見ていて一声かけたくなるような人がいる。

 見ていて大変に危なっかしくて、ドキドキさせられて「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」とその人のために言ってあげたくなる人たち。

 私も後輩の落語を聴いていて「あちゃー、俺ならこうするのになー」と思うことがあるのだが、なかなかその一言が言えなかったりするものだ。

「他人にアドバイスするなんて、おこがましいんじゃないか?」なんて腰が引けてしまう。

 もうそんなコトじゃいけないんじゃないか? 後輩も増えてきたし、ビシッと言うべきことは言わないと。ということで、今回は「君はこうすべき!」と、毅然と言える大人になるべくトレーニングをしてみたい。

 いきなりだが、『天狗』という生き物は大変に危なっかしい。

 いや、実際にはいない(と思う)けど、皆さんご存じのおとぎ話や落語にも出てくる、顔が赤くて鼻の高いヤツだ。

 山伏の格好をして、手には羽団扇(うちわ)を持って大風を起こし、一本歯の下駄を履いて、首に大きな数珠を掛けているヤツ。たしか背中に羽が生えて、空を飛び、人をさらったりするんじゃなかったろうか。危ない危ない。

 うちの長男の妖怪図鑑を見て確かめたが、まさにそんな感じ。

 危ない! 何がって一本歯の下駄は危なすぎ。空を飛べるから関係ないと思うかもしれないが、たまに着地した時が危険。慣れない不安定さに転んで足を挫いたらどうする?

 そもそも下駄自体、高齢者には足先が冷える。クロックスは軽くていいが、当人が嫌がるか。「俺は天狗だよ……」と。気高さゆえに(あくまでイメージ)スニーカーもNG。高級革靴なら天狗に見合うだろうか。

 羽団扇もいかがなものか。大風を起こすなんて物騒だ。手元が狂っただけで大災害だ。天狗にはゆったり構えてもらうべく、葉巻を持たせてみたい。あの貫禄には葉巻は似合うぞ。

 
 山伏の衣装もどうにかならないかな? どうせならゆったりめの高級スーツに、派手なシャツ、細めのネクタイ。かなり似合うと思うのだが。天狗には山から街へ出てきてもらいたい。

 長い髪と髭を美容室でほどよく切りそろえてさっぱりとオールバックに。鼻の高さもそこそこ控えめに、顔の赤さもちょっと抑えといて、メイクさん。

 首には数珠より、金のネックレスを。空いた片手にはせっかくだから遊び心でブランデーグラスを配してみたい。

 背中の羽はお引き取り願って、移動には高級外国車を。

 手元のメモに、改造を施した天狗を描いてみたら……驚いたことに『天狗』が『勝新太郎』になってしまった。

 眺めていると、天狗を見ていたとき以上に、ドキドキしてしまうじゃないか。セクシーすぎるぜ、勝新太郎 ex天狗……。

 天狗から「ファンタジーな危なっかしさ」を取り除いたつもりが、なんと勝新太郎という「リアルな危なっかしさ」が生まれてしまったのだ。しかもそれは『魅力的な危うさ』じゃないか。

 結論。『改造』も捨てたもんじゃないな。後輩の下手な落語も、私が改造を加えれば名人芸になるかもしれない。

 え? まずお前がしっかりしろ? あー、あー、聞こえなーいー。

週刊朝日 017年8月11日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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