西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】
酒は天の美禄(びろく)なり。少のめば陽気を助け、
血気をやはらげ、食気をめぐらし、愁(うれい)を去り、
興(きょう)を発して、甚人に益あり。(巻第四の44)

「酒は天の美禄なり」とは、酒は天から与えられた手厚い俸禄(ほうろく=職務に対する報酬で、米または銭)だという意味です。もともとは『漢書(かんじょ)』(前漢の歴史を記した紀伝体の書。後漢の班固の撰)に書かれた言葉だといいますから古いですね。それを引用してきた益軒先生は私と同様に、相当な酒好きだと思われます。

 しかし、飲み過ぎについては厳しく戒めています。

「酒を飲(のむ)には、各人(おのおの)によつてよき程の節あり。少(すこし)のめば益多く、多くのめば損多し」(巻第四の45)

 さらに「すぐれて長生きの人の十人に九人は酒を飲まない人。酒を多く飲む人の長命はまれである。酒はほろ酔いに飲むことで、長生きの薬になる」(巻第四の51)とも語っています。

 私は養生のスローガンに「朝の気功に夜の酒」を掲げています。ですから、闘病中の患者さんにも、よほど肝機能の悪い人以外は「適量のお酒は飲みたければ飲んでもいいですよ」と話しています。特に抗がん化学療法を強いられている患者さんは、時には少しお酒を飲み、ほっとする時間が必要なのです。

 それによって、免疫能力を向上させた方がいいと思っています。患者さんにそう勧めると、ちょっと驚いたあと、とてもうれしそうな顔をされます。

 私は、毎日適量を飲むのであれば、休肝日も必要ないという考えです。肝臓は毎日、鍛えないといけないのです(笑い)。

 以前、NHK教育テレビに出演して、養生についてシリーズで語るなかで、この休肝日不要論に触れたところ、画面の下段に「これは帯津先生の個人的な意見です」というテロップが流れました。これには苦笑させられました。

 
 でもシリーズ終了後、番組のスタッフから、益軒の「酒は天の美禄なり」のくだりを墨で書いて表装したものをプレゼントしてもらいました。読み返してみると、なかなかの名文ですね。私の池袋のクリニック(帯津三敬塾クリニック)のロビーに飾っています。

 益軒先生がただならぬ酒飲みだと思わせるのは次のくだりです。

「客に美饌(びせん)を饗(きょう)しても、みだりに酒をしゐ(ひ)て苦ましむるは情なし。大に酔(よわ)しむべからず。客は、主人しゐ(ひ)ずとも、つねよりは少(すこし)多くのんで酔(よう)べし。主人は酒を妄(みだり)にしゐ(ひ)ず。客は、酒を辞せず。よき程にのみ酔(よい)て、よろこびを合せて楽しめるこそ、是(これ)宜しかるべけれ」(巻第四の49)

 客にご馳走するときに、むやみに酒を強いてはいけないと戒めたうえで、客は主人がすすめなくても、日頃よりも多く飲んで酔うべきだというのです。

 主人は強いず、客は辞さないことで、よい具合に酔って、喜びを合わせて楽しむのがいいと説いているのです。

 さすが益軒先生、よい酒の飲み方をよくご存知です。主人のときも客のときも、心から酒を楽しんでいる姿が目に浮かびます。こんな形で杯を傾けられたら、お互いの生命エネルギーが高まっていくのは間違いありません。これこそが養生です。

週刊朝日  2017年6月23日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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