浅田真央「挫折の後の成功」 21年のストーリー (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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浅田真央「挫折の後の成功」 21年のストーリー

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記者会見では笑顔だったが、最後には目頭に手を当てる場面も (c)朝日新聞社

記者会見では笑顔だったが、最後には目頭に手を当てる場面も (c)朝日新聞社

 女子フィギュアの浅田真央選手(26)が4月10日深夜、自身のブログで引退を発表した。2日後の会見では「やり残したことはない。全部出しきった」と晴れやかな表情で語った。最後は笑顔で、次の一歩を踏み出した真央。小さいころからの夢だった「五輪の金メダル」は実現できなかったが、誰からも愛される国民的なアイドルになった。

<突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました>

 ブログに「引退」という文字はなかった。この言葉は、ずっと本人を苦しめてきたのかもしれない。

 会見では決断したのは2月ごろだったと説明した。最後の舞台となった昨年の全日本選手権でも、代名詞のトリプルアクセルに挑戦した。あれが最後だったならば、華やかに特別なセレモニーでもしてあげたかったと思った人も多いだろう。

 12歳で全日本選手権に初出場し、これまでに6度優勝した。

「スケートを始めた小さいころは、いろんな技ができるようになっていくのが楽しかった」

 2010年のバンクーバー五輪では銀メダルを獲得した。フリー演技後には、

「長かったけど、あっという間でした」

 と絞り出すようにコメントした。

 やり直しのきかない4分の本番にかける難しさ。フィギュアは美しくあることはもちろんだが、高難度の技も取り入れていかなければ得点は伸びない。真央は技術力に加え、愛らしさ、強さがにじみ出る表現力を兼ね備えていた。

「私のすべてがスケート人生だった」

 こうはっきり口にする一方で、生まれ変わってもスケートをするのかという問いには「もし、もう一度人生があるのなら、スケートの道は行かないと思います」
と答えた。

 14年のソチ五輪ではショートプログラムで16位と出遅れたが、諦めずにフリーで6位まで順位を上げ、世界から称賛された。「挫折の後の成功」。真央のスケートがこうだったからこそ、みんな熱心に応援した。

 引退報道を受けて国民栄誉賞を、という声も上がっている。12年に国民栄誉賞を受賞しているレスリングの吉田沙保里は、

<真央ちゃんは本当に国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えた選手だと思います!>

 とツイートした。


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