落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「合格」。

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「サクラサク」季節がやってきた。受験の時、小説やドラマにある“そんな文句”から始まる合否の電報が現実にもらえる……と楽しみにしていた。

 でも届いたのは「あなたは先日の当○○校の入学試験に合格いたしました」という結果のみ。「サクラサカンノカ!」と、ちょっとがっかりした。

 後に続く文面は、「早く入学金を振り込めよ。さもないと合格はなかったことにすっぞ。よもや、うちは滑り止めじゃあるまいな! それでもいいけど、もらうもんはもらうからな!」という意味の、手続き案内。味もソッケもありゃしない。<サクラサク>から始まる電報……一度欲しかったなぁ。

 日本だからサクのはサクラなんだろう。やっぱ、オランダだと<チューリップサク>? モンゴルだと花から離れて<ヒツジフトル>とかね。中東は<アブラワク>か。ノルウェーは<シャケトレル>、オーストラリアは<カンガルーハネル>か。

 不合格の場合は<サクラチル>なんだろうか。なんか喧嘩売られてるかんじ。<ヒツジヤセル><アブラカレル><シャケマルデコズ><カンガルーアシクジク>とかね。

 私の母校・日大芸術学部放送学科は、入試の2次試験に作文があった。テーマに即した文を600字で自由に書けというもの。私の時は「あなたがいて……」というテーマ。

 しばらく思案して、年の離れた兄との思い出を書いた。

<私には年の離れた兄がいる。幼い頃は父親代わりだ。いろんなところへ連れていってもらって遊んだし、喧嘩もした。テレビのチャンネル権争いの末、ガラス窓を蹴破るほどの格闘。幸い怪我はなかったが、兄は両親から「12も離れていてなぜそんな喧嘩になるのか!」と叱られた。でもすぐに仲直りして、いつものように二人で遊び始める。何でも知ってる兄は憧れだった。兄にはカメラマンになるという夢があったらしい。

 
 私が10歳の時、兄は交差点を渡る際にトラック運転手の不注意で帰らぬ人となった。私は泣いた。どれくらい泣いたか分からない。一生分は泣いただろうか。それからというもの、私は親に反抗することが増えた。ひょっとしたら今もその最中なのかもしれない。

 だが22歳という若さで生涯を終えなければならなかった兄はどれだけつらかったろう。もし私がこの大学に入学し、卒業する頃には22歳になる。その時、私にも兄が夢見ていたような将来が見えるのだろうか。今、何者でもない私だが、この大学で学ぶことによって自分を磨き、未来を見据えていきたい。私は兄の分も学び、生きたい。兄がいてくれたからこそ、それに気づくことが出来たと思う。

 兄さん、ありがとう。今朝、兄の遺影に手を合わせると、兄は少しはにかんだ笑顔で「やれるだけ、やってこい!」と励ましてくれたようだった>

 そんなようなことを書いた。

 私には兄などいない。すべてデタラメだ。でもあの時、試験会場でホントに悲しくなってきて、ちょっと泣いた。兄さん(ホントはいない)ごめんね。

 無事サクラハサイタのだが、あの作り話が現実になって、今年51になった兄が「おぅ、久しぶり(笑)」とひょっこり<アニカエル>な夢を見て、いまだに時折うなされる。

週刊朝日 2017年3月24日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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