ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、ネットやSNSで拡散した“陰謀論”をきっかけに起きた「ピザゲート騒動」について解説する。

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 2016年を象徴する言葉といえば「ポスト真実」だが、それを地で行く恐ろしい事件が発生した。

 事件の舞台となったのは米国ワシントンD.C.郊外のピザ店「コメット・ピンポン」。12月4日、店にライフルを持った男が押し入り、数発発砲した。幸い客や従業員にけがはなく、男は駆けつけた警官に投降して逮捕されたのだが、犯行動機には驚きの事実があった。男は「ヒラリー・クリントンやジョン・ポデスタ選対本部長がピザ店で行われている児童虐待や人身売買に関与している」というネットで流布された虚偽ニュースを信じて押し入ったのだ。

 事の発端は10月7日、ウィキリークスがポデスタ氏の5万通にも及ぶ電子メールのやり取りを流出させたことにある。これに反応したのが米国版「2ちゃんねる」とされる匿名掲示板「4chan」や「Reddit」で活動するトランプ支持者たち。彼らは流出したメールの中に、クリントン陣営の「悪行」を暴き出す証拠はないかと探し始めた。

 事態が動いたのは11月初旬のこと。ある4chanユーザーが流出メールの中に、ポデスタ氏が兄でロビイストのトニー・ポデスタ氏とたわいのないやり取りをしているのを見つけ、そのやり取りで使われていた「チーズ」と「パスタ」という単語が隠語なのではないかと指摘したのだ。元々4chanでは児童ポルノ(Child Pornography)の隠語として「チーズピザ(Cheese Pizza)」という単語が使われていた。ポデスタ氏のメールにあった「チーズ」と「パスタ」も頭文字はチーズピザと同じ「CP」であるとして、ポデスタ氏が隠語を使って、児童虐待や人身売買のやり取りをしているという陰謀論の種が作られたのだ。

 
 発砲事件があったピザ店「コメット・ピンポン」も頭文字は「CP」。同店のオーナーが熱心な民主党支持者で、オバマ大統領やクリントン氏の選挙資金集めに協力していたことも拍車をかけ、「児童売買シンジケートの一大拠点」とされてしまったのだ。

 もちろん偶然かつたわいもない情報の一致でしかなく、本来は一笑に付すべき陰謀論だ。だが、この陰謀論は「ピザゲート」(ニクソン大統領が退任に追い込まれたウォーターゲート事件のもじり)と名付けられ、匿名掲示板やSNSで拡散した結果、同店の前で抗議集会が開かれ、投開票日の前後には、オーナーやピザ店の従業員らにネットや電話で殺害予告や脅迫メッセージが送られた。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズは「ピザゲートは事実無根」という記事を掲載したが、ピザゲートを信じるネットユーザーたちは聞く耳を持たなかった。そして12月4日、発砲事件が起きる……。

「ピザゲート騒動」は、2016年、そして「ポスト真実」を象徴する出来事と言えよう。ディストピアを描いた出来の悪いSF小説のような「現実」を我々は生きている。

週刊朝日  2017年1月20日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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