落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「自主規制」。

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 先日、NHKラジオの「真打ち競演」という公開収録番組に出た時、「竹の水仙」という落語をやった。

 本番前にネタをさらっていると、噺のなかに「乞食」という単語が出てくるではないか。放送で「乞食」はマズいかな。プロデューサー氏におそるおそるお伺いをたてると「問題ないですよ~」とのこと。文脈をみても、差別意識からの使用ではないので大丈夫、だそうだ。言われてみればたしかにそうだ。でも人に聞く前に己で考えにゃな。

 そもそも「放送禁止用語」なるものはこの世に存在せず、全て放送局側の自主規制なのだ……と大学の授業で習った。局が怒られたくないから勝手に遠慮してるだけ。「過剰な自主規制は表現の自由を自ら狭めている! ダメ、ぜったい!」みたいなことを先生が言ってたっけ。

 でも、基本的に落語家は揉め事が嫌い(一部例外もあり)だし、「不快に感じる人がいるなら、わざわざ言うのはよそうよ」という考えの人が多い。

「政治・宗教・野球の話題は意見が割れるし、洒落にならないこともあるから避けろ」とも先輩から言われた。

 また、障害のあるお客さんが来場すると、楽屋の黒板に「目の不自由なお客様がいらっしゃいます」などと書いて出演者に知らせる。それを見て噺家は演目を決める。盲人が登場する噺を避けるだけでなく、「○○に目がない」なんて言い回しを控えたり。気を使いすぎなんじゃないか、と思うくらい。

 最近、「妊婦のお客様がいます」なんてお触れ書きが出るようになった。たしかに妊婦さんは、お爺さんの顔した赤ちゃんが生まれて、行灯の油をペロペロ舐める因果物の怪談「もう半分」なんか聴きたくないだろう。「あそこのカカアは四季に孕んでやがる!」なんてフレーズも避けたほうがいい? 「町内の若い衆」もできないかな?

 
「小言幸兵衛」では、大家が長屋を借りに来た男に、

「3年も一緒にいて子供のできないような尻の冷えたかみさんなんか離縁しちまえ!」

 なんて嫌なセリフを吐く。「不妊治療中のお客様がいます」なんて知らせはまだ楽屋に来ないけど、もし客席にいたら……と思うと、この噺はやる気になれないや。

 落語好きな視覚障害者の方に、

「『景清』や『心眼』を聴いたことないんですが、あまり寄席ではかからないんですか?」

 と聞かれたこともある。「景清」は、盲人が願掛けをして目が見えるようになる噺。一方「心眼」は、願掛けするけどかなわない噺。どちらも寄席でも聴ける人情噺だ。おそらく客席にその方がいることが楽屋へ伝わって、みな控えてるのだろう。

「聴きたいんですけどねぇ」

 そんな人もいるのだ。

 寄席と噺家はなんだかんだ優しい。その優しさが私は好き。しかし、なんでもかんでもやめとこうはけっこうマズいと思う。

 この文脈の「乞食」は人を傷つけるからダメ。この流れでの「めくら」はアリだろう。想像力を働かせて向き合わないといけない。自分で考え、その上で怒られたら素直に謝りましょう。

 そうしないと戦時中の「はなし塚」みたいなことがまた起きちゃうかもしれない。そんな雰囲気あるし、噺家は読まなくていい空気読みがちだし。

週刊朝日 2016年11月18日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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