羽生:すごいですね。

松山:でも役を作っているときは楽しい時期なんです。終わって戻ってくるときが、一番きついです。

羽生:太ったら正座もきつくなりますもんね。数キロ増えるだけでも、てきめんに足がしびれてくる。

松山:そうなんです。あれは本当にきつかった! 羽生さんにも将棋の世界から「戻ってくる」感覚ってありますか?

羽生:わかります。でも将棋の世界ってひとつの閉じられた世界でもあって、そこで完結してるんですね。

松山:はい。

羽生:考えることは頭の中だけでもできるので、街を歩いていても電車に乗っていても、お風呂に入っていても、考えようと思えばずっと考えられる。だから日常の生活をしながら、将棋の世界に生き続けることは、可能なんですよ。

松山:なるほど。

羽生:ただそれをやると日常生活に破綻を来す(笑)。

松山:やっぱり。黒澤明さんや深作欣二さんの時代を知る方々に聞くと、みんな言うんですよ。「大成するヤツは、みんな家庭、破綻してる」って(笑)。

羽生:でも役者さんも棋士の世界も「続けていく」ことも大事ですよね。

松山:そう思います。

羽生:もちろん、ひとつの作品で素晴らしいものを残すことも大事ですけど、何十年と続けていいものを残していこうとしたら、やはりどこかで破綻しないように、バランスを取る必要はあると思うんです。

松山:家庭を破綻させないように。

羽生:うちは家内が将棋のことを何も知らないので、そこは助かってるかなあ。家に帰って「あそこで桂馬を動かしていればよかったんじゃない?」みたいなことを言われたら、それはけっこう腹も立つと思うんですけど(笑)。

松山:うちもそうですね。同じ役者(妻は女優の小雪)ですけれど、僕らも家に帰ったら、全然仕事の話はしない。確かにそういうのは助かりますよね。だからそこから離れられて戻ってこれる、というか。

羽生:そうですよ。将棋の世界も役者の世界も楽しいですけど、リアルな世界も大事ですからね。当たり前ですけど(笑)。

週刊朝日 2016年11月4日号より抜粋