なぜ洋装から和服へ? 皇后さまの感動エピソードに学ぶ「アシスト力」 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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なぜ洋装から和服へ? 皇后さまの感動エピソードに学ぶ「アシスト力」

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週刊朝日#皇室
天皇陛下の心臓バイパス手術を境に、これまでの洋装から和装をされるようになった皇后陛下。その御心は? (※写真はイメージ)

天皇陛下の心臓バイパス手術を境に、これまでの洋装から和装をされるようになった皇后陛下。その御心は? (※写真はイメージ)

 13年、天皇の葬儀を、江戸時代から続いた土葬から火葬とするなどの方針が公表された。根底にあるのは「国民に負担をかけぬよう、簡素に質素に」という陛下のお考えである。陛下は「皇后と同じお墓(陵)に」と、合葬を提案したが、美智子さまは「おそれ多い。お側に小さな祠でも」と遠慮した。

 皇室ジャーナリストが言う。「合葬を受け入れていたら批判を浴びた可能性もあります。さすが皇后さまである、と唸(うな)りました」

◆場を和ませる
 天皇家の母としての存在感も抜群である。宮内庁で報道担当を長く務めた山下氏は、カメラの前に立つ天皇ご一家の姿を幾度も目にしてきた。

「秋篠宮殿下のご結婚の際もそうですが、ご一家で写真撮影となると、みなさま表情が硬い。すると、皇后さまは、優しく声をかけるなど、率先してその場を和ませるのです」

◆和歌に込める(1)
「和歌ほど詠む人の心模様が表れるものはありません」(皇室ジャーナリストの渡辺みどりさん)

 皇太子妃時代、美智子さまは、歌人の五島美代子氏から出された「一日一首、100日の行」を苦しみながらもやり遂げた。

 鍛錬を経て生み出された言葉は心を揺さぶる。1994年、両陛下は戦後50年を前にした慰霊の旅で硫黄島を訪れたが、美智子さまは印象深い和歌を詠まれた。

 慰霊地は今安らかに水をたたふ如何(いか)ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ

◆和歌に込める(2)
 東日本大震災で両親と妹を津波にさらわれた4歳の少女が、母への手紙を書きながら、その上にうつぶして寝入った写真が新聞に掲載された。美智子さまが記事を目にして詠んだ和歌。

「生きてるといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項傾(うなかぶ)し幼な児眠る

「人々に寄り添う和歌は、国民が『皇室の方も自分たちと同じような悲しみを抱えているのか』と共感を抱きます。皇后さまはご自身のお気持ちを詠むだけですが、結果的に両者の絆は深まっている」(皇室記者)

◆贈り物(1)
 渡辺さんは90年、秋篠宮ご夫妻のご結婚の取材で、美智子さまが紀子さまへ内々に納采(のうさい)の儀の振り袖を贈ったことを知った。

「美智子さまは心境を和歌に詠んでいます。紀子さまのご実家への配慮もあったかもしれませんが、それ以上に紀子さまを迎える喜びが伝わってきます」

 嫁ぎくる人の着物を選びをへ 仰ぐ窓とほき夕茜雲(ゆうあかねぐも)

 相手が誰であろうと大切に思うのが美智子さまだ。


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