小暮徹・こぐれひでこ夫妻「パリでの転機」とは? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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小暮徹・こぐれひでこ夫妻「パリでの転機」とは?

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週刊朝日#夫婦
写真家の小暮徹さん(右)とイラストレーターの、こぐれひでこさん夫妻(撮影/写真部・小暮誠)

写真家の小暮徹さん(右)とイラストレーターの、こぐれひでこさん夫妻(撮影/写真部・小暮誠)

 海の見える家での暮らしやごはんを、イラストとエッセーで紹介する妻・こぐれひでこさん。雑誌やコマーシャルの写真家として活躍する夫・小暮徹さん。出会いから51年経ったいまも「徹くん」「ひでこさん」と呼び合う仲の良さだ。出会いから結婚、パリでの生活を振り返る。

*  *  *
妻:出会いは大学の入学手続きのとき。私は「小柴」でこの人が「小暮」。だから「小暮徹」の次に自分の名前を書いた。それが最初。

夫:ひでこさんはちっちゃくって、かわいらしい人でしたよ。明るくて、ハッキリしてて、よく笑うしね。

妻:1年生のとき、女3人男2人で奥日光に写生旅行に行ったよね。それが付き合うきっかけかなあ。あと新潟のほうにも鈍行列車で行ったね。

夫:直江津の駅で電車がなくなっちゃって。

妻:そうそう、駅の中で寝たね。特別に劇的な出来事はなかったけど、そうやってだんだん仲良くなったのかな。音楽好きっていうのも共通項だったね。

夫:いまもテレビで「懐かしの歌謡曲」なんて特番をやっていると、二人で2時間ずっと歌ってます。

――1969年に大学を卒業した二人は、その5月に結婚。交際期間3年とはいえ、なかなかのスピード婚だ。

妻:素早かったね。私がそのころ引っ越しをして。

夫:そこに僕がボストンバッグ1個で転がり込んだんです。「じゃ、結婚しますか」となった。

妻:親が「あらあらあら」って言うくらい、あっという間。

夫:当時、僕は大学院に行きながら、高校の美術講師をしていました。お金が足りないから、郵便配達のアルバイトもしていた。

妻:私は通信教育の学校で美術の講師をしながら、趣味で洋裁の学校に行ったんです。学校はすぐ辞めちゃったけど、それから自分で服のデザインをするようになった。

夫:西武デパートに1週間だけ店を出したりしてたよね。僕はそのころ、まだ写真は全然やってない。ただ、ひでこさんの友達のつながりで、音楽誌やミニコミ誌のデザインをしてて、暗室はあったんだ。アパートのお風呂を改造してね。

妻:だから部屋にお風呂なかったんだよね。

夫:そう、ひでこさんはよく流しでお風呂に入ってた。


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