1ドル=107円前後と円高傾向にある日本。しかし、“伝説のディーラー”と呼ばれた藤巻健史氏は、円安による海外需要の取り込みが、日本経済を救う手立てだと主張する。

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 昔、私の講演についてきた家内が一人で岡山城を見学に行き、ボランティアのおじいさんにガイドを頼んだときのことだ。「今、主人が講演中で1時間しかありませんので手短にお願いいたします」「お宅、フジマキって言っていたね。あの、藤巻兄弟のフジマキさん?」「ええ、そうです」「お兄さんのほう、それとも弟のほう?」「兄のほうです」「あーそう。株で大損したほうね」。アチャーでした。ただマエダ先生が「藤巻クン、損して有名になるなんて、そりゃ本物だよ、君」と慰めてくれた。

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 円安予想が外れて、またまた「ネガティブ・インディケーター」として有名になってしまったかもしれない(苦笑)。それはともかくとして、昨今のマーケットの動きを見て、為替の重要性を再認識した人も多いのではなかろうか? 年が明けて、昨年末は1ドル=120円台だったドル円相場が下落を始め、4月7日には1ドル=107円台にまで突っ込んだ。円高に振れるたびに株価が下落した。小さく円高が進んでいれば小さく株価が下落し、大きく円高が進んでいれば大きく株価が下落した。

 円高に伴う株価の下落で、資産効果(保有資産の価格が上がり、お金持ちになったつもりの人が消費を増やす)で順調になりつつあった景気は腰折れし、デフレから脱却しつつあった物価も上昇が止まった。このまま円高が進んだら由々しき状態になりそうだ。

 このコラムを長年読んでくださっている読者なら「経済低迷、諸悪の根源は円高にある」という私の主張をご存じだろう。この20年間、名目GDPは自国通貨ベースで全く拡大していない。金融政策と財政政策を最大限発動しているのに、景気が低迷しているのは日本では経済学が機能しないせいなのか? そうではない。欧米の経済学の教科書には、為替政策が書いてある。日本はその重要性に気がついていないのだ。

 
 小さな商店を考えていただきたい。ほぼ同じものを売っている隣の商店が値段を半分にしたら、売り上げ激減でその小さな商店は倒産の危機を迎える。ディスプレーを工夫するとか、明るい笑顔で応答するとかの工夫では倒産回避の抜本的解決にはならない。値段を隣の店と同じ程度まで下げなければ話にならないのだ。

 日本国が売るモノ、サービス、労働力を安くしなければいけない。それには円安に限る。カイゼンで1%値を下げるのも、1%の円安も値段には同じ効果がある。100円の日本製品は1ドル=100円のときは米国人にとって1ドルだが、1ドル=200円になれば50セントと値段が半分になる。1ドルの米国製品は1ドル=100円のときは100円で輸入できるが1ドル=200円になれば200円になる。日本人にとって外国製品の値段が2倍になるということだ。

 国会で、「デフレが続くのは、需給のギャップがあるからだ。今、国内で需要があるのは公共事業だけだ。だから財政出動を!」という議論があった。違う! 円安にして海外の需要を取り込めばいいのだ。外国製品が高くなるから日本人の需要も外国製品に替えて、日本製品に向かう。お金を使う(財政出動)より頭を使え(=カネのかからない円安誘導法を考えろ)!と私が主張する理由だ。

週刊朝日  2016年4月29日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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