岡田有希子、没後30年 南野陽子が「“ゴミ箱”が私だった」と思い出語る (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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岡田有希子、没後30年 南野陽子が「“ゴミ箱”が私だった」と思い出語る

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岡田有希子が眠るお墓(撮影/柳川悠二)

岡田有希子が眠るお墓(撮影/柳川悠二)

 伝説のアイドル・岡田有希子が旅立ってから、4月8日でちょうど30年となる。少しウェーブのかかった髪と笑顔からのぞく白い歯、そしてキラキラ輝く大きな目──。アイドル史に瑞々しい記憶を残し、語り継がれるユッコ。彼女はなぜ、今なお愛され続けるのか。(文中敬称略)

 ポニーキャニオンの名プロデューサーだった故・渡辺有三の指示のもと、著名なアレンジャーも交えて進んだ岡田のプロジェクトは、作詞家・作曲家としては駆けだしに近かった竹内まりやにとっても貴重な体験だった。

「後年、有三さんとお会いするたびに、有希子ちゃんとのレコーディングの思い出話をしていました。私が彼女のデビュー3部作をセルフカバーする日を楽しみにしてくださっていた。いつか実現させたいと思っている今日この頃です」


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