消えゆく高度経済成長期の残照 霞ケ丘アパート最後の日々 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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消えゆく高度経済成長期の残照 霞ケ丘アパート最後の日々

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井上青果店は住民たちの憩いの場(撮影/写真部・植田真紗美)

井上青果店は住民たちの憩いの場(撮影/写真部・植田真紗美)

 新国立競技場建造に伴い、隣接する団地が取り壊される。都営霞ケ丘アパートの住民百二十数世帯は、住み慣れた家から1月中に退去する。団地内唯一の商店を舞台に繰り広げられた最後の日々――。

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「引っ越し先でも店をやってもらえないの?」「今度は私たち、どこで話をすればいいのかねえ」

 買い物客が、口を揃える。ここは都営霞ケ丘アパート内に設けられた商店街「外苑マーケット」の井上青果店。

 もともとこの団地は、旧国立競技場建造で立ち退きを余儀なくされた人々などのために造成された。1960(昭和35)年から工事が始まり、鉄筋コンクリート3~5階建ての全10棟が完成。約300世帯が暮らし始めた。井上青果店店主の井上準一さん(70)が回想する。

「父は戦後まもなく、今の2号棟のあたりで八百屋を始めたんです。団地ができると、店は6号棟1階の外苑マーケットに移り、私たちはその2階に住むようになりました」

 それから半世紀。住民の高齢化が進み、空き部屋も目立つようになった。当初は8店舗あった外苑マーケットも、次第に閉店。唯一残った井上青果店は、住民の憩いの場となった。レジの前に椅子が置かれ、買い物客は腰掛けて雑談に興じる。井上さんの妻・京子さんが作る日替わり総菜を、楽しみにする人も多かった。

 多くの住民が、ここを終(つい)の棲家(すみか)と信じていたが……。2012年に新国立競技場建造に伴う団地の取り壊しが決まり、1月いっぱいでの退去を命じられた。ほぼ全世帯が、神宮前に新築された都営住宅に転居する。

「ほっとしました。絆が保てる」

 井上さんは安堵の表情を浮かべる。だが新たな団地に、皆が集う憩いの店はもうない。

週刊朝日  2016年2月5日号


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