発行した国債の大部分を買い占めている日銀。日銀は消費者物価指数(CPI)の目標を2%と定めたが、それが視野に入ったときに日本経済は危機に陥ると、元モルガン銀行東京支店長などを務めた、フジマキこと藤巻健史氏は警告する。

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 米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和をすすめるために大量の米国債を買い続けていたとき、FRBのことを、野球でたとえれば「監督」兼「先頭打者」と称した市場関係者がいた。それなら今の日本国債市場において日本銀行は「監督」兼「球団オーナー」兼「4番バッター」兼「エース」だ。存在が巨大化している。

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 2013年4月に異次元の量的緩和を開始したとき、黒田東彦日銀総裁は「2年以内(15年3月まで)にCPI2%上昇を達成させる」と公言した。それを、現在は「16年度前半」に達成時期を後退させている。それがゆえに日銀を非難する声が日に日に大きくなっているし、更なる量的緩和を求める声さえある。

 しかし、私はCPI2%がいまだ達成されていないがゆえに、日本経済の大混乱が先送りされていると思っている。2%が明確に視界に入ってきたときが怖い。日銀が「量的緩和を中止するか否か」の究極の選択を迫られるからだ。

 今年度、152.6兆円の市中消化の国債発行に対し、日銀の市中からの国債購入額は110兆円だ。直接的ではないにしろ発行額の72%相当を日銀が買っているのだ。

 2%の公約が達成されたといって「監督兼球団オーナー兼4番バッター兼エース」の日銀が撤退を決めれば国債市場はどうなるのだろう。国債市場どころか日本経済の存立危機だ。どんな市場でも70%のシェアを占める買い手がいなくなればその市場は暴落する。国債の場合は長期金利は暴騰(=価格は暴落)するということだ。

 
 1998年12月、資金運用部(旧大蔵省において郵便貯金、簡保で集めたお金などの政府資金を一括して運用していたところ)が国債購入を中止するというニュースで国債市場は大混乱に陥った。資金運用部が買っていた国債は年間国債発行額の約20%相当だった。あわてた宮沢喜一蔵相は購入再開を決めた。

 今回は20%どころか、70%を買い占めていた日銀がいなくなる。ましてや当時は、資金運用部が購入を中止しても、代わりに最後の砦である日銀が購入に乗り出してくれるだろうとの期待が持てたのに対し、今回はその最後の砦がいなくなる。今まで日銀への転売目的で購入していた金融機関が入札に参加しなくなり、未達(売れ残り)が起こりうる。公務員の給料も、年金支払いの原資も確保できなくなるのだ。ギリシャで起きたことが日本でも現実になってしまうということだ。そもそも日銀撤退で長期金利が急騰すれば、国は国債を発行(=借金)できないだろう。支払利子の急増で財政が破綻してしまうからだ。

 一方、「財政破綻は回避しないといけない」という政府の圧力に押され2%の目標達成後も際限なく量的緩和を続けると決断すれば、ハイパーインフレへ一直線だ。それ以上に、世界は「なんだ、日銀の量的緩和とは財政ファイナンス(政府の借金を中央銀行が紙幣を刷ることによって賄うこと)そのものではないか」と見透かしてしまう。この場合も円は暴落し、長期金利急騰となる。住宅ローンは変動金利から固定金利へ切り替えてドルを買って備えるべきだと私は思う。

週刊朝日  2015年10月2日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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