この一声でぼくは俄然(がぜん)やる気になった。薄切り豚肉を食べやすい大きさに切ったり、タマネギを千切りにしたり。ただ、しくじるまいと慎重になるあまり、時間がかかる。少し怖い感じの女性からは、

「もっと大雑把でいい。見ているとイライラする!」

 お叱りが。一気に固まってしまった。ぼくはふかしナスのタレを作るシーンでついに失敗した。ニンニクや長ネギを千切りにしたのだが、ニンニクはすり下ろすのだった。ぼくが困り果てていると、

「こっちのをすり下ろせばいい」

 とイライラ女史が別のニンニクを渡してくれた。この女性は料理が上手なのだ。ぼくがノロノロと切った豚肉やタマネギとニラを、片栗粉をまぶしてからフライパンで焼いた豆腐と一緒に大鍋で煮付け始めた。その手際の良いこと。見回りに来た金さんは、エプロン姿のぼくを見て、

「山本さん、だいぶ腕を上げましたね」

 頭に血がのぼって顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。ご飯が炊き上がったときには、ぼくの班はすべてが仕上がっていた。

 イライラ女史の功績だ。50分ぐらいの間に全品完成を果たしたのは彼女のおかげなのに、ぼくがシェフとか呼ばれるなんてなあ。穴があったら入りたい。黒豆のご飯と豆腐の煮付け、それにナスの料理はおいしかった。豆腐は脳細胞にもいいという。

週刊朝日 2015年9月11日号より抜粋