夕食時には竈を使いご飯を炊く(撮影/写真部・松永卓也)
夕食時には竈を使いご飯を炊く(撮影/写真部・松永卓也)
宿泊部屋には土蔵を改装して作った洋室などがある(撮影/写真部・松永卓也)
宿泊部屋には土蔵を改装して作った洋室などがある(撮影/写真部・松永卓也)

 いにしえのよきものをよみがえらせながら、新しい時代に合わせたよきものを創る――。

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「復古創新」をテーマにした手作りの暮らしを人口400人ほどの小さな町から全国へ発信する松場登美さん(64)。築220年の武家屋敷を改装した自宅兼宿泊施設の「他郷阿部家(たきょうあべけ)」には、全国から人が吸い寄せられるかのように集まる。交通の便がいいとは言えない山深い町。訪れる宿泊客らは「初めてなのに、なぜか懐かしい」「また訪れたい」と口をそろえる。

 松場さんと夫の大吉さんは1998年、30年ほど空き家の状態で廃虚と化していた、江戸時代の銀山付役人だった阿部氏の館を購入。少しずつ修復し、2008年に宿泊施設として開業した。島根県の文化財にも指定されている阿部家。母屋や蔵などはもとの土壁を忠実に復元しながら、台所の食卓や椅子などの家具は廃校となった小学校の廃材を利用して作った。古いものを生かす一方、地元アーティストが作った最新のアートが部屋に飾られている。宿泊していた60代の女性は、「ここにあるものは全て生き生きしているように感じる」と話す。

 阿部家は、ただ古い建物を修復しただけではない。松場さんは、この場所で昔ながらの古きよき日本の暮らしの再生にも取り組んでいる。その一つが、土間の台所の中でもひときわ目立つ「竈(かまど)」だ。夕食時には竈でご飯を炊き、宿泊客らに振る舞う。

 スイッチ一つでご飯が炊ける炊飯器と違い、竈で炊くには薪の準備に始まり、火加減からは目を離せず、とても手間がかかる。でもそこに本当の価値があると松場さんは言う。

「竈で米を炊くには、『勘』が必要。人間は知識だけで生きられません。勘のいる仕事を若い人たちに伝えていきたい」

 三重県出身の松場さんは81年、夫の実家の大森町に移り住み、呉服屋を継いだ。石見銀山の閉山から約60年。町に人の姿はなく閑散としていたが、不思議と不安を感じなかった。「来てみてすぐ、この町の歴史や自然、人との関わり方に惹かれました。ここなら、本当の豊かさや美しさを追求できると感じました」。

 松場さんは、中高年向けの服飾ブランド「群言堂」のデザイナーとしての顔ももつ。大森町から発信する群言堂は、今や東京や大阪など都会の百貨店に多数店舗を構える。

 松場さんは言う。「古いものは、ただ古いだけじゃない。それが新しいものになる時代がもうきている。私はここでの暮らしが最先端だと思っています」。

 古いけど新しい。懐かしいのに新鮮、素朴なのにおしゃれ。日々の生活を丁寧に紡ぐ暮らしには、本当の豊かさが詰まっている。

週刊朝日  2014年5月2日号