円山応挙のトラ絵が85年ぶりに姿を現したワケ 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)
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円山応挙のトラ絵が85年ぶりに姿を現したワケ

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 江戸時代を代表する画家、円山応挙(1733~95)の「幻の虎」が最近見つかった。所蔵していたのは大阪の顔「あの人」だった。

 現在、西宮市大谷記念美術館(兵庫県)で開催中の「とら・虎・トラ」展(5月19日まで)で、85年ぶりに発見された「水呑虎図」が公開中だ。

「当時の人たちは虎を見たことがなかったので、中国の絵や虎皮、猫を参考にして描いたようです」(同館学芸員の下村朝香さん)

 この絵は、薩摩出身の財閥、川崎男爵家が1928年にオークションに出品したのを最後に行方不明になっていた。10年前に大阪で開かれた応挙の展覧会で、「行方がわからない応挙の絵」として写真が掲示されていたことがある。

「実は、当時、この展覧会を見に行った母が、『うちの絵とちゃう?』と話していました」。 こう明かすのは、柿木央久(かきのき・てるひさ)さん(46)。柿木さんは、「くいだおれ人形」で知られる飲食店「くいだおれ」(2008年閉店)の創業者、山田六郎氏の孫だ。

 大阪で名物経営者として知られる山田氏は1949年、大阪ミナミの道頓堀で家族向けレストラン「くいだおれ」を開店。子どもの関心をひくため、自分自身をモデルに白赤のしまの服を着て太鼓をたたく人形を設置したところ、「くいだおれ人形」と呼ばれて大人気に。グリコの看板や、かに道楽のカニと並ぶ大阪ミナミの顔となった。

 山田氏は「人形に食わしてもらっているんだから大事にしろ」と遺言し、1983年に死去。時代の変化を受けレストランは閉店したものの、人形は今も道頓堀に置かれ、関連グッズは大阪土産として観光客に根強く愛されている。

 柿木さんによると、山田氏は戦後、財を成してから、多数美術品を購入。「水呑虎図」もこうした中で手に入れたとみられるが、購入先や時期は不明だ。山田氏の生前は、社の応接間に飾られ「猫っぽい」などと話題になっていたそうだが、没後は箱に納めて、倉庫にしまっていた。昨年倉庫を整理した際、学芸員が確認し、「水呑虎図」とわかった。

「先代が応挙を好んだのは、兵庫県香美町出身で、檀家である大乗寺(同町)が、『応挙寺』の異名をとるほど多数のふすま絵が残るゆかりの寺だったからでしょう」(柿木さん)

 応挙に詳しい府中市美術館(東京都)の金子信久学芸員は「応挙は、めがね絵というおもちゃの職人から一代で名をなし、皆に愛される絵を描いた人。公家の御用達であるとともに、一般の人にも支持された当時一の人気画家でした」と評する。人形で名を成した山田氏にどこか通じている。「幻の虎」は「意外に見えて、なるほど」の所有者のもとに潜んでいたのだった。

週刊朝日 2013年5月17日号


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