最期を看取るスープ、「いのちのスープ」の生みの親である辰巳芳子さんは、87歳になったいまも、講演などで全国を飛び回り、「いのちと食」について語っている。しかし、昔は料理に矛盾を感じていたという。

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 昔、弟に「お姉ちゃんはお料理が好きな人じゃなかった」って言われたことがあります。本当にそうなの。私は若いころ、お料理にずっと矛盾を感じていた。

 なぜって、材料を買って、作って、食べたあと後片付けをすると、一日のうち4時間以上を使ってしまう。なのに食べる時間は長くても40分。このアンバランスが受け入れがたかったの。4時間本を読めば、まとまって勉強できるんだから。でもやがて、「その矛盾は受け入れなければならない」と思ったんです。

 お料理とは、五感を一気に使う仕事なんです。ほかの芸術で五感を一気に使うものはない。人間の持っている力を、知識と経験を土台にして一気に投入する料理という仕事が、どれほど人を育てることか。

 料理によって五感が磨かれていくと、そこには非常に「気づき」に敏感な人間が育ちます。いろんなことが見えて、聞こえて、感じられる人間が育つ。「気づき」のないところに進歩はないんですよ。どんな科学でも最初は気づきです。人間は日常の食べるということで五感を訓練できる仕組みになっているんです。

 そう考えると、料理は最終的な目的ではない。もっと大きな目的に達するための道筋だと考えられます。そう納得できたときに40分対4時間という対比はなくなったの。そのとき「ああこの道に乗ってよかったな」と思いました。

週刊朝日 2012年11月16日号