広瀬隆「六ヶ所再処理工場、即時閉鎖を急げ」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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広瀬隆「六ヶ所再処理工場、即時閉鎖を急げ」

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週刊朝日

 日本人が生き残るために、何を第一になすべきか。

 われわれが、すぐに手をつけて解決しなければならないことは、何よりも、次の放射能事故による日本の絶望的な破滅を食い止めるための、「六ヶ所再処理工場の即時閉鎖」である。そして、高速増殖炉もんじゅの後始末を含めた「全土の原発の廃炉断行」である。

 これまで、再処理工場に対する批判の中心は、再処理によってプルトニウムを抽出する「核燃料サイクル」が意味もない、という資源論や経済論などにあったが、そのように悠長な話ではない。この再処理工場で大事故が起これば、日本が終るという話なのだ。

 青森県下北半島のつけ根にある六ヶ所再処理工場は、原爆材料となるプルトニウムを生産する化学工場である。原子力プラントの一つではあっても、爆発しやすい液体を大量に使って、きわめてデリケートな化学処理をしながら、溶解した成分を、「高レベル放射性廃液」と「プルトニウム」と「ウラン」に分離する化学プラントである。ちょっとしたミスによって、たとえ地震が襲わなくとも、大爆発するおそろしい工場なのだ。

 この再処理工場には、日本全土の原子力発電所から、最も危険な使用済み核燃料と呼ばれる放射能のかたまり、「高レベル放射性廃棄物(死の灰)」が集められてきた。この放射性廃棄物こそ、現在、日本全土に飛び散って、食品に侵入し、汚泥や瓦礫(がれき)となって、われわれの生活を脅かしている放射性物質のかたまりである。

 その再処理工場が、つい3年ほど前、2008年末に再処理が不能になるという異常事態になって、工場内の巨大な3000トンプールが、死の灰でほぼ満杯、2827トンに達している。ここで、われわれに恐怖を与えるのは、運転を停止していた福島第一原発4号機で3月15日に、使用済み核燃料1331体と、新燃料204体、合計1535体が貯蔵されていた燃料プールが、電源喪失のため過熱して水素爆発を起こしたことである。それに対して、六ヶ所再処理工場にある使用済み核燃料は、1998年以来、2011年まで13年間にわたって全国の54基の原発から集めたとてつもない量の放射能である。4号機のほぼ10倍なのだ。

 ところが東京電力は、11月10日になって、この4号機の爆発を招いた原因は、排気筒を共有する3号機から流れこんだ水素によるものだと断定し、「4号機のプールから発生した水素による爆発説」を否定する見解を打ち出した。だがその根拠は、床の変形と排気筒配管の残骸だけであり、相変らず東電らしい、まったくいい加減な珍説だ。

 むしろその結論は、理論的にまったく信じがたい。というのは、4号機爆発の翌日、3月16日に撮影された3号機の写真によれば、4号機との共通排気筒につながる巨大な配管は宙ぶらりんとなって、3月14日に3号機が爆発したあとに爆風で吹き飛んで完全に外れているのだ。3号機が「先に」爆発したのだから、共通排気筒につながる配管は、外気に対して抜けている。したがってそのあとに4号機にどんどん高濃度の水素が滞留する可能性はきわめて低い。秘密主義の東京電力が図面を公開しないので、地下にも、われわれには知り得ない共通排気筒につながる配管がある可能性はあるが、3号機が爆発して全体が外気に通じて抜けたあとに、軽いガスの水素が、地下に向かって流れる可能性もまたきわめて小さいので、そのような水素の流入や、とりわけ滞留はほとんど起こり得ない。

 実は、プール起源水素の爆発説を否定した11月10日は、東京電力が福島第一原発の敷地内に報道陣を入れて、初めて公開する2日前である。その見学コースには、この重要な配管破損部分が含まれていない。この問題を真剣に追及してきた記者であれば要求したはずの写真撮影自体も規制されていた。これこそ、マスメディアを欺くための公開だったのだと見てよい。

 東京電力が隠そうとし、絶対に知られたくないのは、六ヶ所再処理工場の危険性である。この使用済み核燃料とは別に、240立方メートルという大量の高レベル放射性廃液が、六ヶ所タンクに貯蔵されている。この廃液は、全国に降り積もった放射性物質とは、危険性のレベルがまったく違う。液体であるため、絶えず冷却し続けなければならない超危険な物体であるため、もし冷却用のパイプが地震で破断したり、津波による停電が起こったりすれば、たちまち沸騰して爆発する大事故となる。そのほんの一部が漏れただけで、北海道から東北地方の全域が廃墟になるほどの大惨事になることが分っている。なぜこのように不安定で危険な液体がタンクに保管されているかといえば、再処理工場を運転する日本原燃が、この液体をガラスと混ぜて固体にし、安全に保管する計画だったが、そのガラス固化に完全に失敗したため、再処理が行き詰まってまったく操業不能に陥り、仕方なくそうなっているのである。

◆本震と余震で危機一髪の事態◆

 こうした大事故の可能性については、すでに1957年にソ連で高レベル放射性廃液の入った液体廃棄物貯蔵タンクが爆発を起こした「ウラルの核惨事」と呼ばれる大事故、1980年にフランスのラ・アーグ再処理工場で起こった電源喪失事故(この時は、緊急発電装置をトラックで運び込んで、ぎりぎりのところで廃液の爆発を食い止めた)など枚挙に遑(いとま)がない。原子力安全基盤機構(JNES)の報告書によれば、海外で発生したこのような恐怖の再処理工場重大事故は、2007年までに「臨界事故(核暴走)」が18件(ロシア11、アメリカ6、イギリス1)、「火災事故」が45件(アメリカ15、フランス14、イギリス8、ドイツ6、ロシア1、ベルギー1)、「爆発事故」が32件(アメリカ20、フランス4、イギリス2、ロシア6)にも達しているのだ。

 3月11日の東日本大震災では、東北地方全域が津波と地震の脅威にさらされたが、六ヶ所再処理工場でも、当日、外部電源が失われていたのである。この時は、非常用電源を立ち上げて、かろうじて大事故を免れた。さらに当日21時12分、再処理工場の予備用ディーゼル発電機への重油供給配管から、重油が約10リットル漏洩した。これに引火していれば救いようのない大惨事となっていたであろう。外部電源の供給が再開されたのは、地震発生から2日以上もあと、ようやく3月13日22時22分であった。

 さらに本震からほぼ1ヶ月後の4月7日には、現在までで東日本大震災最大の余震が起こり、岩手、青森、山形、秋田の4県が全域停電になった。実はこの時、六ヶ所再処理工場でも、再び外部電源が遮断されて停電となり、非常用電源でかろうじて核燃料貯蔵プールや高レベル放射性廃液の冷却を続けることができた。まさに危機一髪の恐怖の事態が、立て続けに起こってきたのである。

 日本人は、ノンビリしすぎていないか。報道界は、日本人生き残りの可能性について、急いで国民規模の議論を始めなければならない。何をしているんだ! (構成 本誌・堀井正明)

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ひろせ・たかし 1943年生まれ。早大理工学部応用化学科卒。『原子炉時限爆弾--大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)など著書多数。本連載をまとめた『原発破局を阻止せよ!』(朝日新聞出版)が8月30日に緊急出版された

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