「漫画週刊誌の日」に考えたい、戦後マンガの逆境の歴史と「表現の自由」

2018/03/17 18:30

昭和34(1959)年の今日、3月17日は日本初(世界初)の少年マンガ週刊誌「少年マガジン(講談社)」「少年サンデー(小学館)」が同日創刊された日にあたり、「漫画週刊誌の日」という記念日にあたります。ただしこの記念日、一体どんな協会なり組織が制定したのか、どうもよくわかりません。ともあれこうしたことは「記念日」にはありがちなことですし、この両誌の発進こそが、世界に冠たる日本の「MANGA」文化が花開くはじまりの日であったことは間違いないこと。 ジャパニーズコミックはその内容の多様性、表現力・技術力において他国の追随を許さないクオリティを保ち進化し続けていますが、かつても、そして今も、「表現の自由」を脅かす大きな社会の動向の中で、常に翻弄されてきました。

マガジン・サンデー、創刊伝説 戦後、平和なサラリーマン社会の到来とともに週刊誌ブームが起こり、小中学生の学年別学習雑誌を出版してきた小学館では、「マンガ作品を中心にすえた少年向けの週刊誌」のコンセプトのもと「少年サンデー」が企画されます。かたや、戦前の大正期から月刊少年誌「少年倶楽部」を、戦後すぐから月刊誌「ぼくら」を発刊し、伝統話芸の講談を社名にもつ講談社も、長編物語を中心にした少年週刊誌を企画、ライバルの両社が一騎打ちするかたちで、「サンデー」「マガジン」が同日発売されることとなりました。 創刊号の値段は「少年マガジン」が定価40円、一方「少年サンデー」は、付録が充実していたマガジンと同額では負けるという判断の下、マガジンの定価を確認した後出版ぎりぎりに定価を30円に決定しました。そして表紙にはその前年読売ジャイアンツに入団し、一躍スーパースターとなった長嶋茂雄を一本釣り。マガジン側はその情報を聞いて急きょ大相撲のスター力士・三代目朝潮太郎(あさしおたろう)を抜擢。結果は、値段と長嶋効果、そして手塚治虫・横山隆一・赤塚不二夫のラインナップをそろえたサンデーが30万部、マガジンが20万5千部と、サンデーの勝利に。 その後も、手塚治虫の「W3(ワンダースリー)」、赤塚不二夫の「天才バカボン」といったヒット作がマガジンからサンデーに引き抜かれるなど、1960年代は総じてサンデーがマガジンを一歩リードする形で展開していきますが、1970年代の劇画スポ根ブームで登場した「巨人の星」「あしたのジョー」の二大作品がマガジンを一躍トップに引き上げます。「スポ根劇画のマガジン」と「ギャグ・コメディのサンデー」の路線色を持ちつつ、互いにしのぎあい、漫画家も横断し、表現と支持の幅を広げていきました。 その後、「少年キング」(少年画報社)、「少年チャンピオン」(秋田書店)、「少年ジャンプ」(集英社)と、他誌の参入が続き、少年誌は巨大業界に成長していきます。当初は第二次世界大戦前後に発展した貸本漫画に作品を描き降ろしていた多くの漫画家が少年漫画作品を提供しましたが、やがて次世代を多くの才能が引き継ぎ、青年誌、少女誌も隆盛となって、現代も未だサブカルチャーの中心的地位を確立しています。
「手塚治虫けしからん!」戦後に燃え盛った焚書騒動 マンガ文化は、古くは山東京伝や葛飾北斎によるスケッチ風の絵画を出発点に、当初は「ポンチ絵」「狂画」「戯画」などと呼び習わされていましたが、昭和の初期ごろより少年向けの絵物語(現代で言うとラノベでしょうか)、紙芝居、少年倶楽部の連載マンガ(「のらくろ」など)などを下敷きに貸本マンガが流行し、貸本マンガでは現代の連載長編マンガの技法、手法が確立されていきました。一方、戦後すぐごろから「マンガに読みふける子供、若者」に対する大人社会の嫌悪・忌避感情は高まり、マンガ悪玉論は朝日新聞や読売新聞などの大手紙に繰り返し展開され、1955年にはマンガや「低俗な週刊誌」に対する憎悪は頂点に達し、「悪書追放」を掲げた「日本子どもを守る会」・「母の会連合会」などによる焚書騒動が勃発します。 この騒ぎは、岡山県の校庭で30万冊ものマンガや週刊誌が燃やされた、と言った都市伝説的な逸話も生み出しましたが、実際白土三平や手塚治虫などの現代では多くの人々に評価される大御所漫画家の作品が、「子供たちを不良化させ、犯罪を誘発し、痴呆と文化退廃に導く悪魔の本」として踏みにじられ、排除された歴史があるのです。 漫画本の影響は冷い戦争の必要によく合致している。なぜならば、それらは何百万というアメリカの子供たちを、暴力、蛮行、突然の死という概念に慣らしているからである……。 「漫画本(コミック・ブック)」という名称は正しくない。漫画の本の圧倒的大多数は、ユーモラスな性格などはほとんど持っておらず、暴行、殺人、性的倒錯とサディズムと身の毛もよだつ冒険、犯罪、残忍性と血もこおる恐怖にみたされている。(A・E・カーン(ALBERT E KAHN)「死のゲーム(The Game of Death)」) 日本に先行してコミック有害論が跋扈したアメリカでのマンガ批判ですが、ここで語られていることがこじつけであり、時代が過ぎ去ってみれば「ばかばかしい」と多くの人はわかることでしょう。でも、当時の人々はこれを信じていたのです。今、大人たちは手塚治虫作品を悪書などとは言わず、むしろ偉人であり、その作品はアカデミックな評価すらされています。スタジオ・ジブリなどのアニメ作品も、「教育に良い」と考えている親たちも多いでしょう。けれども一方で、リアルタイムで連載されているマンガ作品やアニメ、ゲームなどは相変わらず批判や偏見にさらされています。昔で言えば、「赤胴鈴之助はよい作品。親孝行が描かれている。だがけしからん悪書がたくさんある」が、現代は「宮崎アニメは良い作品。環境問題や愛について語られている。しかし、犯罪を誘発する悪い作品もたくさんある」に置き換わっただけでまったく同じ。「よい作品」と「悪い作品」を恣意的に腑分けし、「悪い作品」を追放しようと言う意見や勢力は現存しているのです。 つい近年の2017年にも、少年ジャンプ誌上におけるとあるラブコメ作品が、扇情的で子供が読むのにふさわしくない、犯罪を誘発する、と一部の団体などから批判を受けて騒動となりました。地域起こしや企業PRの手段として、いわゆる「萌えキャラ」といわれる美少女や美青年のマンガキャラクターが宣伝に使われることがありますが、それらについてもたびたび「いかがわしい」「いやらしい」などの批判にさらされて、ときに排除される、と言ったことも起きています。 戦後、マンガやアニメ、ゲームは一貫して発展し、子供や若者に愛されてきましたが、暴力事件も性犯罪も、戦後をピークにして一貫して低下している、と言う事実を私たちはきちんと認める必要があるのではないでしょうか。
ポリティカル・コレクトネスによる表現規制推進と表現の自由 欧米では、ポリティカル・コレクトネスという基準の下、作品表現に対してさまざまな規制の圧力がかけられる風潮が強まっています。白人、男性、健常者、異性愛者と言った「マジョリティ」は、エスニック、女性、障害者、同性愛者といった「マイノリティ」に一定の配慮をし、表現においてはマジョリティのみが活躍することなく、マイノリティが活躍し、かつ肯定的に描かれねばならない、といった近年の表現コードです。 しかし、これによって不自然な演出が目立つようになったり、それだけならまだしも、民族衣装を着て撮影した白人女性モデルが批判にさらされて謝罪に追い込まれたり、過去の名画、バルテュスの「夢見るテレーズ」やウォーターハウスの「ヒュラスとニンフたち」と言った絵画が美術館から撤去されるなどの行きすぎた規制・弾圧が頻発するようになっているのです。 規制しようとする側は正義と信じてのことでしょうが、明治初期の廃仏毀釈や社会主義政権化での文化大革命やタリバンによる文化財破壊、ナチスによる「退廃芸術追放」と同じ文化破壊を思い起こさせます。 またアメリカで時折起こる銃乱射事件では、銃規制ではなく「暴力ゲーム」規制の動きがあります。大人の社会が抱えている暴力や搾取、あらゆる種類のひずみこそが犯罪を誘発しているのに、そこではなく手近で叩きやすい、そしてアカデミックな権威に守られていない表現物を攻撃する。 民主主義の根幹は「内心の自由」であり、そして「内心の自由」は「表現の自由」によって担保されます。しかし、いつの時代でも、表現の自由は「暴力・性表現がけしからん」というレトリックにより規制排除され、そしていつの間にか思想の自由や学問の自由までもが弾圧されていく、という経過をたどります。 「あしたのジョー」の作者であるちばてつや氏は、「戦前も、政治権力はまずエロや暴力表現をけしからんとして取り締まり、やがて国民の全ての自由を取り締まるようになった」と最近の表現規制強化の動きを懸念しています。 「表現の自由」を守ることは、民主主義・自由主義を守ることと同じ。もちろん、手放しで全ての表現が許されるわけではないとしても、「許されない表現」をむやみやたらと増やしていくべきでしょうか?嫌いだとかくだらないとか不快だとか教育に悪いとか、そんな理由で規制を肯定してよいのでしょうか。 広い裾野と多様性があってこそ、優れた作品は生れます。「多様性」を大切にするためのポリティカル・コレクトネスが、正義の名のもとに「悪い」(とされるもの)を排除していくのでは、多様性などはすぐになくなり、すべてが似たような作品になってしまうのではないでしょうか。 表現者、漫画家の端くれとして筆者は、今後もマンガが若者や子供たちに愛され楽しまれるものとして発展していってほしいという願いをもって、今日漫画週刊誌の日に、表現の自由について考えてみたいと思います。

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