「飛び降りる分には、誰も止めませんよ。というか、奨励されています」と先に収容されていた男が語りかける。ある日、総務省を名乗る男に呼び出され、海岸近くの「療養所」に軟禁された女性作家の話だ。

 施設内では「B98番」と呼ばれ、収容者同士の会話は厳禁。反抗的な態度を示すと「減点」を告げられる。下品な小説を書き続けてきた彼女は所長から創作姿勢を改めるように促される。恫喝と甘言。ボディブローのように効いてくるのは空腹と、褒美に供される1杯の麦茶だ。

 日ごとに、まずい食事が待ちきれなくなり、疑心も膨らんでくる。看守のような職員たちとのわずかな会話などから施設の様子がつかめてくるが、それでも謎が多い。一見突飛な設定ながら、「知らないだけ」ですでに起きている出来事のように思わせる怖さがある。(朝山 実)

週刊朝日  2021年1月29日号