こんなジョークを聞いた。転職の面接で「前の会社ではどんなお仕事を?」と訊かれた。「課長です」と答えた。

 このジョークが示すのは、日本の会社員は社内の肩書でしか自分を評価できないこと、そしてその評価は会社の外では通じないことである。

 小英二『日本社会のしくみ』を読むと、なぜこうなってしまったのかがよく分かる。いまの日本に充溢する閉塞感や、ぼくたちが感じる生きづらさの理由についても。

 小熊は、主に雇用関係に注目して、現代日本の社会のしくみを解明する。それは昔から続く伝統ではなく、明治時代に軍隊や官庁で採用されたシステムを、とりあえず大企業が模倣したことがあきらかになる。

 冒頭のジョークのように、日本では仕事の能力について企業横断的に評価する基準がつくられてこなかった。かわりに重視されたのが学歴だ。それも、何を学んだかではなく、どの学校に入ったかが重視された。学校名が人材の品質を保証した。会社のなかでは、勤続年数が尺度だった。

 だが、学歴と年功序列が有効だったのは、大学進学率が低く、大卒の上級職員・高卒の下級職員・中卒の現場労働者という3層構造が成り立った時代までだ。高校・大学への進学率が上がると、維持が難しくなる。しかし、企業経営者も労働者も企業横断的な評価基準づくりには消極的だ。雇用の流動化や同一労働同一賃金が進まないはずだ。

 読みながら、蒙を啓かれるとはこのことだ、と感動した。本書はこれからの社会を考えるときの必読書である。中根千枝の名著、『タテ社会の人間関係』を超えた。

週刊朝日  2019年8月30日号