『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』。激烈なタイトルである。著者はかつて「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)」の事務局長を務めていた蓮池透さん。2002年に帰国した拉致被害者・蓮池薫さんの兄である。
〈いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相によるものなのである〉と怒りを込めて蓮池さんは書く。彼らは〈北朝鮮を悪として偏狭なナショナリズムを盛り上げた。そして右翼的な思考を持つ人々から支持を得てきた〉。〈しかし、そうした「愛国者」は、果たして本当に拉致問題が解決したほうがいいと考えているのだろうか?〉
 02年10月、5人の拉致被害者が「一時帰国」した際、当時の官房副長官だった安倍首相や内閣官房参与だった中山恭子参院議員に彼らを奪還する意思はなく、日程を消化するだけだった。そんな裏話に加え、批判の矛先は多方面に及ぶ。複数の外交ルートを嫌って事態を悪化させた外務省。「家族会」を事実上乗っ取った「救う会」。思考停止に陥ってステレオタイプの北朝鮮批判報道を垂れ流し続けたマスコミ。圧力団体としての力を持つと同時にアンタッチャブルな「聖域」と化した家族会。
 本書の価値はしかし、関係者への批判に終わらず、右翼的な政治家に利用された自身の言動への反省と、拉致問題解決への具体的な道が示されている点だろう。小泉訪朝の頃、テレビに登場し「拉致問題の解決には経済制裁しかない」などの主張を繰り返す「蓮池兄」に私はあまりいい印象を持っていなかった。しかし、いま彼は書く。〈経済制裁に有効性がまったくないことは、無為に経過した時間が証明している〉
 1月12日の衆院予算委員会で、本書の内容について質問された首相は「私の言っていることが違っていたら、私は辞めますよ。国会議員を辞めますよ」と声を荒らげた。ならば辞めろよ。そう思わせるに十分な覚悟の一冊。オススメである。

週刊朝日 2016年2月19日号