戦後70年、同時に原爆投下から70年の今年は戦争を考えさせる多種多様な本が出版されている。
 平凡社の『原水爆漫画コレクション』全4巻もそのひとつ。原爆を描いた漫画といえば、誰でも思い出すのはおそらく中沢啓治『はだしのゲン』だろう。『はだしのゲン』の雑誌連載がスタートしたのは1973年。だが日本には、それ以前から知られざる多様な「原水爆漫画」があった。『原水爆漫画コレクション(1)曙光』には1950年代に発表された4編が収録されている。
「大洪水時代」が描き出すのは核開発と家族の葛藤だ。海老原家の父は実業家。長男の鮫男は原子力要塞建設の重要な任務を担う濃縮ウランの研究委員。原爆に反対する次男の鯛二は父や兄と対立していた。
 そんな弟に兄はいうのだ。〈ばかっ 世界で原子力要塞をもっていないのは日本だけだぞっ〉〈国のためをかんがえろ 原爆は ぜったいにいるんだぞ おまえは世間しらずだ〉
 思いあまった鯛二は、ある日、兄の部屋に忍びこみ、要塞の設計図を破損しようとするが、見つかって死刑を免れる代わりに精神科病院に入れられてしまうのだが……。
 作者は手塚治虫。ビキニ環礁での水爆実験で第五福竜丸が被曝した1954年の翌年の作品である。
 読者を震撼させるのは、あってはならない事故が起きることである。〈しょくん! 北極海上に建設中のわが原子力要塞が……とつじょとして大ばくはつをおこしたのだ〉。秒速20メートルの速さで大津波が起こり、2日後には日本の東海岸を襲うとの予測。海岸線から50キロ以内の住人に避難命令が下り、町は疎開する人々で埋まる。〈われわれの血の涙をしぼってつくった原子力要塞があべこべにわれわれに大洪水をもたらす…まるで飼犬に手をかまれたようなものである〉。
 子ども向けの雑誌や貸本漫画の中に埋もれていた貴重な作品を発掘しての全4巻。3・11後のいまだからこそ身につまされる。

週刊朝日 2015年10月2日号