なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか

文庫・新書イチオシ

2015/08/27 11:17

「なぜ人を殺してはいけないのか」が問われたことがあった。考えるまでもないと、ほとんどの人は思ったはずだ。だが理由を説明しようとすると、陳腐な言葉しか出てこない。
 平和も同じだ。平和が大切だとみんな思っている。戦争はいいものだという奴なんていない。それでも、なぜか戦争はなくならない。殺人がなくならないように。
 いや、平和の大切さを実感するのは、さらに困難かもしれない。何しろ世界では今も「正義のための戦い」が行われている。そして物語の中の戦争は、ドラマチックでかっこよかったりする。
 著者はコミュニケーションの専門家らしい切り口で、戦争が起きるメカニズムを分かりやすく説き明かす。そこには民衆を戦争に駆り立てる世論を生み出すさまざまなテクニックがあった。特に著者が注視するのは、戦争イデオロギーを浸透させるイメージ操作だ。たとえば「先制攻撃」に相当する語が「積極的平和」と訳されたり、自分たちの被害を諸外国に強く訴えるために「民族浄化」の語が選ばれる。選挙活動を広告代理店が請け負うのはふつうだが、今や戦争報道もそうなっている。善良な民衆の感情を昂ぶらせる映像や物語は、これ見よがしのプロパガンダよりもずっと巧みな戦争誘導システムの一環だ。
 人々を戦争へと駆り立てる言葉や映像は派手だし、拡散の背後では大きな資本が動いているらしい。それに対して平和を語ることは地道で、ややもすれば紋切り型に陥りやすい。ましてや日本では、自国の戦争の記憶は遠くなりつつある。それを危惧する声は多い。
 だが著者は、生身の人間が語るなら、「体験者ではない世代」の語り手は、むしろ「戦争体験」に距離をおき、より力強くリアルに平和の大切さを訴え得るとする。それを希望的観測ではない、現実にするのはわれわれだ。
 ふつうの市民の視線で書かれた本書には、柔軟で粘り強い平和への思考が込められている。

週刊朝日 2015年9月4日号

なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか

伊藤剛著

amazon
なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか

あわせて読みたい

  • エチオピアの「ふつう」を知ることで日本の「ふつう」も見えてくる?

    エチオピアの「ふつう」を知ることで日本の「ふつう」も見えてくる?

    AERA

    12/9

    「朝鮮戦争は終わっていない」 五味洋治氏の著書から解き明かす朝鮮の歴史

    「朝鮮戦争は終わっていない」 五味洋治氏の著書から解き明かす朝鮮の歴史

    AERA

    2/11

  • ウクライナ侵攻「プーチン、時代錯誤じゃない?」と思う理由 カンニング竹山
    筆者の顔写真

    カンニング竹山

    ウクライナ侵攻「プーチン、時代錯誤じゃない?」と思う理由 カンニング竹山

    dot.

    3/2

    ウクライナ侵攻だけではない 日本にも影響するアジア・アフリカなどの「武力紛争」

    ウクライナ侵攻だけではない 日本にも影響するアジア・アフリカなどの「武力紛争」

    AERA

    4/22

  • 徳川宗家19代目・徳川家広「平和のために日本の人口を東へ移す大戦略を実行した」

    徳川宗家19代目・徳川家広「平和のために日本の人口を東へ移す大戦略を実行した」

    週刊朝日

    3/7

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す