江戸初期に大坂で活躍した作家、井原西鶴は若くして妻を失い、盲目の長女おあいと二人だけで暮らし始める。本書はおあいを語り手に西鶴の人生を描いた小説だ。
 おあいは、家族の悲運を披瀝し、憐憫(れんびん)を誘って自らを売り込む「人たらし」の父を快く思わない。とはいえ、不快さを抱えつつ、家事を見事にこなし、プロ顔負けの料理の腕前で父を支えてゆく。
 やがて西鶴は『好色一代男』などのベストセラーを連発するが、印税のない時代ゆえ、生活は一向に楽にならない。しかし、そんな生活のなかでおあいは父の真情を知り、不信を解いてゆくのだ。
 貧乏人の悲喜こもごもを描いた西鶴の後期代表作『世間胸算用』はそんな西鶴自身の貧乏暮らしから生まれた。この作品を、おあいは「お父はんの真骨頂や」と誇る。
 貧しくとも、忠義、孝行、倹約といった江戸幕府の価値観を否定して「御公儀(おかみ)が何じゃい」と笑い飛ばす西鶴は、まさに大坂的だ。本書は「大坂の心意気」そのものを主人公とした痛快な作品ともいえる。

週刊朝日 2014年11月7日号