著者が金融工学者として勤務した4つの研究機関のうち、とびぬけて“変人係数”が高かったのが東京工業大学だった。著者の分身・ヒラノ教授が東工大で出会った稀代の天才・7人の素顔をユーモラスに語る。
 哲学者・吉田夏彦は数学・物理でも知識は専門家並み。過去の会議の内容はすべて記憶していて議事録がいらなかった。ベトナムから来日したタック助手は卓越した頭脳の数学者だが、著者の再三の要求にもかかわらず日本語を覚える気がまるでなく、にこにこしながら助手の仕事は一切スルー。
 衝撃的なのが御大、江藤淳だ。学内外で大喧嘩を繰り返し、同僚に対する扱いが滅法ひどくハラスメント同然。学内で権力を振り回す権力欲のかたまりだった。晩年、母校の慶応大学に転出したが、出身学部の文学部では受け入れを拒否され、法学部が救いの手を伸ばしたという。
 著者の人となりについても、「おわりに」に長年秘書を務めたミセスKの証言がある。フツーの彼女の素直な驚きと戸惑いの言葉は、魑魅魍魎の徘徊するがごとき研究現場を楽しく、リアルに表現している。

週刊朝日 2013年5月24日号