中上健次の『十九歳の地図』、角田光代の『八日目の蝉』などなど、名作文学の登場人物を精神科医が片っ端から診断、彼らの心に潜む意外な病を明らかにする異色の読書案内。
 登場人物が悩んだり苦しんだり、人はそこに共感するのだが、医師が見るとパニック障害に離人症、統合失調症、生気的抑うつ、とまあ出るわ出るわ。健康の代表みたいな『坊っちゃん』の主人公も「精神病性うつ病」。「生徒が自分を『探偵』している」と疑い、夜の学校で数十人が「床板を踏みならす音」を聞く彼には妄想と幻聴が現れているという。
 彼らの病はしばしば作家の精神状態そのものでもある。夏目漱石は正に坊っちゃんと同じ病だし、川端康成は少女の足裏フェチ、谷崎潤一郎はパニック障害だった。小説以上に特異な文豪たちの心のありようは、作品の思いもかけない別の顔をも浮かび上がらせる。
 心を病む人間が創造した、心を病む人々の物語がなぜ多くの人の心を打つのか、と著者は書いている。人の世を面白くも味わい深いものにしているのは、健全な精神よりひとさじの狂気、なのかもしれない。

週刊朝日 2013年4月19日号