今年、伊勢神宮は20年に一度の、出雲大社は60年に一度の遷宮を迎える。
 伊勢神宮が大和政権の祖神、天照大神を祀っていることを考えれば、「古代国家の原像をたずねて」という副題がついた村井康彦の『出雲と大和』は、そのタイトルだけですでに興味深い。しかも帯には、〈邪馬台国は出雲勢力が立てたクニである!〉と書かれているではないか。
 村井がこの説にたどりつくきっかけは、〈大和朝廷に隷属する存在でしかなかった〉とされてきた出雲論への疑心だった。村井の疑問は、三つのデータに基づいていた。
(1)朝廷が崇めた大和の三輪山の神が、なぜ出雲の大国主神と同神である大物主神なのか?
(2)八世紀はじめ、出雲国造が朝廷で奏上した神賀詞(かむよごと)の中で貢置を申し出た「皇孫の命の近き守神」が、三輪山の大神(おおみわ)神社、葛城の高鴨神社など、いずれも出雲系の四神だったのはなぜか?
(3)『魏志倭人伝』で知られる倭の女王、邪馬台国の卑弥呼の名が、『古事記』にも『日本書紀』にもまったく出てこないのはなぜか?
 (1)と(2)は、大和朝廷ができる前にその土地を出雲系の人々が支配していた証ではないか。(3)は、卑弥呼が朝廷と無縁の存在であり、大王(=天皇家)の皇統譜に載せられるべき人物ではなかったから。したがって、邪馬台国は朝廷の前身ではなかったのではないか……こうしたデータを重ねあわせて導き出されたのが、「邪馬台国は出雲勢力の立てたクニ」という仮説だった。村井は多くの文献をたよりに各地で検証を進めるうちにこれを実説と確信、ここに大胆な持論をまとめあげた。
 古代史ファンとしては、『魏志倭人伝』にある「南」を「東」に改めて行程をたどる点に疑念が残るが、過不足ない地図、図表、写真の効果もあり、最後まで好奇心をくすぐられつづけた。出雲と大和の神が遷宮を迎える年にこの国の古代に遊行するテキストとして、実に刺激的な一冊となっている。

週刊朝日 2013年3月22日号