岩波書店の広告を見てびっくりした。岩波文庫で『自選 谷川俊太郎詩集』が出たのだ。岩波文庫といえば文庫の王様、古典・名作の宝庫である。なんとなく物故者の入る文庫というイメージがあって、「えっ! 谷川さん、ピンピンしているのに」と思った。
 もちろん岩波文庫に物故者限定のルールがあるわけではない。以前、『寒村自伝』が岩波文庫に入った時、荒畑寒村が大いに喜んだという話を聞いたことがある。
 谷川俊太郎のアンソロジー詩集は集英社文庫の『谷川俊太郎詩選集』全3巻はじめいくつかある。「それらと重複するような本にはしたくない。かと言って世間が代表作としてくれている作を、全く入れないのも、この本で初めて私の詩に触れる読者に不親切だろう」と、まえがきで書いている。
 デビューは1952年、20歳のときの『二十億光年の孤独』で、以来、60年以上書いた詩が二千数百。それらを辿るように読み返し、いまの自分の目で選んだのがこの自選詩集だ。
 通読してみて、谷川俊太郎の詩の幅の広さと奥の深さにあらためて感動する。『ことばあそびうた』や『わらべうた』のように、子ども向けの愉快な詩もあれば、『定義』や『メランコリーの川下り』のようにちょっと難しい詩もある。もちろん子ども向けの詩が軽くて浅いというわけではない。あれもこれも入っていて、とてもお得な詩集だ。
 詩集のタイトルがかっこいいのにうっとりする。デビュー作もそうだけど、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』とか、『コカコーラ・レッスン』、『夜のミッキー・マウス』なんてすばらしい。でも、タイトルがポップだから内容も軽いだろうと思って読みはじめると、意外と手ごわい。
 岩波文庫というと装丁が地味だというイメージがあるが、デビューのきっかけになったノートをあしらったカバーがいい(デザインは中野達彦)。

週刊朝日 2013年2月15日号