20世紀スイス文学を代表する作家なのに、まだ邦訳が少ないラミュ。本書は表題作のほか『デルボランス』と『民族の隔たり』、あわせて3編の本邦初訳となる長編小説を収めた待望の一冊だ。描かれるのはアルプスの山々とそこに生きる人々。小説好きはもちろん、山好きや、スイスの風土を知りたい方にも薦めたい。
『デルボランス』は、自然災害をめぐる話。土地の男たちは夏場、家族を村に残し、山奥の窪地・デルボランスに数カ月滞在して働くが、ある年、いきなり山崩れが起き、男たちを呑みこんだ。テレーズの新婚の夫、アントワーヌもその中にいた……。災厄の報せが村へ伝わる様子が刻々と書かれ、テレーズ夫妻の物語と絡み合う。
『民族の隔たり』は、山のこちら側はフランス語圏、向こう側はドイツ語圏、民族も文化も異なるという地域が舞台。こちらの男が向こうの女を見初め、誘拐してしまう。『アルプス高地での戦い』は、革命期の内乱を背景に、家族の確執と報われぬ恋を描く。詩情をたたえた山の景色、人間の運命に魅せられる。

週刊朝日 2012年9月28日号