視界からこぼれ落ちてしまうような小さな命の輝きを写す 写真家・萩原れいこ (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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視界からこぼれ落ちてしまうような小さな命の輝きを写す 写真家・萩原れいこ

撮影:萩原れいこ

撮影:萩原れいこ

 写真家・萩原れいこさんの作品展「Heart of Nature」が2月26日から東京・六本木の富士フイルムフォトサロン東京で開催される。萩原さんに聞いた。

【写真】萩原れいこさんの作品

 インタビューの際、萩原さんから名刺を手渡されると、そこに印刷された写真に目が引きつけられた。濃い紫色の花のつぼみが写っている。(きっとこういう小さな被写体が好きな人なんだろうなあ)と思った。

 今回の写真展は萩原さんのデビュー作。作品の多くは長野県・志賀高原で撮影されたものだ。

 現在、群馬県嬬恋村で暮らす萩原さんは、半年ほど前まで志賀高原に住んでいた。そのいきさつについて、自身のホームページのプロフィールにこう綴っている。

<隔月刊「風景写真」の「若手写真家育成プロジェクト」の一環として長野県志賀高原の「石の湯ロッジ」で3年間の写真修行を経て独立>
撮影:萩原れいこ

撮影:萩原れいこ

「最初は空振りが続くかもしれないけれど、だんだんと打率が上がってくる」

 沖縄県出身の萩原さんが写真家を志したのは23歳のころだった。

「元々、大学で建築を学んで、設計事務所に就職したんですけれど、いろいろと自分の人生を考えて、写真の道で自分の力を十分に発揮したいという思いから転向したんです」

 その後、沖縄で公務員をしながら撮影し、「風景写真」誌のフォトコンテストに応募した。その縁がつながって、志賀高原の宿に住み込みで働きながら写真家を目指すことになったのだ。

「3年間の写真修行の最初、石川(薫)編集長から、『まず中西(敏貴)さんから学んでこい』と言われて、1週間、中西さんの撮影を拝見したんです」

 中西さんは北海道美瑛町を拠点に活躍する風景写真家。現場でじっくりと撮るタイプの萩原さんに対して、中西さんの撮影手法は正反対だったという。

「中西さんの撮影は1カ所5分くらい。で、『とにかくひたすら数を撮れ』と。『最初は空振りが続くかもしれないけれど、だんだんと打率が上がってくるから』と。それがほんとうにそのとおりで、すごく自分の力になったと思います」

 ただ、志賀高原に移り住んだものの、宿の仕事は忙しく、写真を撮るまとまった時間がとれるようになったのは2年ほどたってからだった。

「石の湯ロッジで萩原史郎さんが風景写真教室を毎月開催するようになって、アシスタントとして同行するようになったんです。その後、私自身のガイドツアーも開催するようになりました」

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