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都内に残る明治・大正・昭和の名残…今も現役の鉄道遺産

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植村 誠dot.#鉄道
現在は「mAAch ecute神田万世橋」として生まれ変わった万世橋駅(C)朝日新聞社

現在は「mAAch ecute神田万世橋」として生まれ変わった万世橋駅(C)朝日新聞社

■開業当時の遺構を間近に! 旧万世橋駅

 中央線の神田~御茶ノ水間にある万世橋駅も触れておきたい。

 いまや各メディアなどでも紹介され知名度も高いが、時刻表を開いてもこの駅名は見つからない。ただし、中央線の電車の車窓を眺めていると、ホーム跡などそれとわかる遺構を認めることができるハズだ。

 したがって、厳密には現役遺産ではないが、旧万世橋駅の遺構整備事業を受け2013年(平成25年)9月にショッピングモール「mAAch ecute(マーチエキュート)神田万世橋」が開業、ホームをデッキとして再活用するなどかつての駅施設を取り込んだ鉄道空間として生まれ変わっているので、それに準ずる遺構といっていいかもしれない。

 旧万世橋駅のある赤レンガ造の紅梅河岸高架橋は1908(明治39)年竣工という歴史ある鉄道高架橋。ショッピングモールはこの高架下も生かしており、開業当時の駅構内階段が公開されているほか、デッキの目の前を中央線の電車が走るなど、現役の駅さながらの情景もチェックしてみたい。

 万世橋駅は1912(明治45)年開業という古い歴史を持つ駅で、当初は中央線の都心側ターミナルとして開業し、駅や駅周辺もにぎわいを見せていたという。

 しかし、1919(大正8)年に東京駅が開業しその後は中間駅に。その後は太平洋戦争の影響もあって衰退し1943(昭和18)年11月に営業を休止。それに先立ち開館していた鉄道博物館(のちに交通博物館)が旧駅敷地を引き継ぐように2006(平成18)年まで営業を続けてきた。

 ホームや構内の階段などが往時の様相のまま残ったのは、まさに数奇な運命ともいえそうで、ここもまた一見の価値がある鉄道遺産といえるだろう。

■高架下はレトロ感がいっぱい! 新永間市街線高架橋

 旧万世橋駅のある紅梅河岸高架橋と並ぶ歴史の古い鉄道高架橋が、新永間市街線高架橋だ。浜松町付近から東京駅付近まで続く連続煉瓦(れんが)アート式高架橋で、のちの山手線となる環状線計画に際し1900(明治33)年に着工、1910(明治43)年に完成している。

 年季を感じさせる赤レンガの壁面に連なるアーチが見事。駅はもちろん。飲食店などにアーチ部分下が用いられており、どこか生活感が漂っているのも持ち味となっている。上野・東京ラインの開業など、高架上や周辺の変化が著しい都心の鉄道だが、高架橋は時間が立ち止まったかのような懐かしげな情景をいまも残している。



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