撮影:西尾憲一
撮影:西尾憲一

*   *   *
 西尾憲一さんが目に異常を感じ始めたのは25歳のころ。網膜色素変性症と診断された。症状は徐々に悪化し、失明する難病だった。いくつもの病院を訪ねた後、医師からこう告げられた。

【西尾さんの作品はこちら】

「10年後には必ず見えなくなるので、今すぐ視覚障害者として生きる道を探してください。現代医療でも治せない病気なので、ここに来るのも時間の無駄です」

 それから30年あまり。西尾さんはまったく目が見えない「全盲」だ。

 ところが、である。

 西尾さんは10年ほど前から写真を撮影し、作品を発表し続けてきた。

 撮影には大きな一眼レフを使用する。理由を尋ねると、昨年出した写真集『盲目の写真世界 記憶というかたち』を開き、こう言った。

「この部分にピントを合わせて、ほかをボカすと面白い写真になる。そういうことを表現したいと思ったので、大きなカメラに買い替えました」

 最近、視覚障害者がアートを制作したり、観賞することが一般的になってきた。しかし、手で触れる彫刻などが主で、全盲の人が写真を撮影し、しかも「表現する」というのは聞いたことがない。

 西尾さん自身も、まさか、そんなことができるとは、思ってもみなかったと言う。

「だって、撮った写真、見えないじゃないですか」

撮影:西尾憲一
撮影:西尾憲一

■風景が自分のものになった

 西尾さんが写真と出合ったのは2010年秋。

「インターネットを見ていたら『視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室』というのをたまたま見つけましてね」

 目が見えないのに、なぜパソコンの画面に映っている内容がわかるのだろう?

「画面を読み上げてくれる『スクリーンリーダー』というソフトウエアがパソコンに入っていて、操作や画面の情報を音声で伝えてくれるんです」

 見つけたのは写真家・尾崎大輔さんの写真教室だった。

「えっ、と思いました。目が見えない人が写真を撮って楽しむって、いったいどういうことかな、と」

 写真教室の会場、神代植物公園(東京都調布市)を訪れると、5~6人が集まっていた。ほとんどが全盲の人だった。

 そこでコンパクトデジタルカメラを貸し出されたものの、西尾さんは困惑した。

「本当に、これでどうすんの、という感じでしたね。まったく何も見えない霧のなかで撮ろうとしているような。上下左右もよくわからない、宇宙空間みたいな感じでした」

 参加者一人一人にボランティアのガイドがついて園内を歩いた。

次のページ
プリントは「ただの紙」