そして、

「いつか、病院はやってやらんと」

 と谷本容疑者が繰り返し言っていたことが、妙に記憶に残っているのだという。

 一方で、谷本容疑者の優柔不断さや、気が小さい面もAさんは見てきたという。たとえば、競馬好きの谷本容疑者は、馬券を買うときも、

「最初は2点張りで、ズバっと勝負と言いながら、この馬も、こちらもと、だんだん点数が増えてくる。当たったはいいが、投資から的中分を差し引くと数百円しか儲からないってことがよくあった」

 と話す。こんなこともあったという。

「2019年の春、一緒に場外馬券売り場にいって、ある重賞レースで谷本が万馬券をとったんですよ。200円ほどしか買ってないから、金額は5万円ほどですが大喜びでしたね。谷本があんな笑顔を見せたのはあの時だけ。『いっぱい飲みに行こう。俺が出すから』と言うので、いいものをご馳走してくれるのかと思ったら、たこ焼き屋で缶ビール。景気いいことぶち上げても、いつも最後には落ち着くところに、という性格でした」

 谷本容疑者の犯行だと連絡をくれたAさんだが、「信じがたい」という思いも同時にあると話した。

「まさかという気持ちも入り混じった心境で電話をした。新型コロナウイルスの感染などで連絡が取りづらく、事件の1年前くらいから谷本には会う機会がなかった。けど、悲惨で取り返しがつかない事件となってしまって、自分が谷本になにかしてやれなかったのかと思い返すばかりです」

 事件から1年がたつ。

 クリニックに通っていたという女性は、まだ「傷跡」が癒えない。

「つい先日、近くを通りましたので、手を合わせてきました。クリニックの先生と、通っていて仲良くなった患者さんが亡くなりました。事件の報道でクリニックの名前を見た時、気が動転しました。私にとってクリニックは救われる場でした。それがあのような形でなくなり、丁寧な診察で信頼していた先生もいなくなった。今は別の心療内科で受診していますが、事件を思い出すと不眠が続き、体調が悪くなります」

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腹が立ったら、熱さは感じなくなる。火は怖くない