谷本盛雄容疑者
谷本盛雄容疑者

 昨年12月、大阪市北区の北新地にある雑居ビル内のクリニックで放火があり、26人が犠牲になった(死者は容疑者含め27人)。事件前、容疑者が知人に、「火は怖くない」「腹が立ったら熱さは感じない」などと話していたことが新たにわかった。

【写真】放火された現場のビルで消火活動する消防隊員(当時)はこちら

 もくもくと立ち上がる真っ黒な煙。すさまじい数の消防車と救急車が道路を埋め尽くし、真っ黒な顔の消防隊員が酸素ボンベを背に、

「まだ誰かいますか!」

 と叫んでいる。筆者は出火してから1時間弱で現場に到着したが、周囲には焦げ臭い焼けたにおいが充満していた。昨年12月17日、大阪を代表する歓楽街、北新地の雑居ビル内の心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」に突然、火がつけられた放火殺人事件の現場でのことだ。

 当時、放火された直後の映像を提供してくれた男性は、

「炎があがったのは一瞬で、あとは煙がすさまじかった。はしご車が何台もきて、救助を待つ人に『頑張って』と声をあげていました。しばらくして、次々と息をしていない人たちが担架で運び出された。救急隊員が必死で人工呼吸をしていたシーンは、今も目に焼き付いています」

 と振り返る。

放火事件のあった現場のビル(当時)
放火事件のあった現場のビル(当時)

 クリニック内に侵入し、ガソリンをまいて火をつけた谷本盛雄容疑者(当時61)は、逃げ惑う患者たちの前に立ちふさがり、患者らをクリニックの奥に追い込んだ。防犯カメラの映像にその姿が映っていた。谷本容疑者自身も病院に搬送されたが、意識を取り戻すことなく一酸化炭素中毒で死亡。大阪府警は谷本容疑者を今年3月に書類送検したが、死亡のため不起訴処分となっている。

 何が、谷本容疑者を犯行に駆り立てたのだろうか。

 犯行があった日の深夜だった。筆者が放火現場の取材を終えて帰路についていると、携帯電話が鳴った。

「Aです、覚えていますか」

 電話に出るなり、男性がそう切り出した。

 以前、ある事件で話を聞いたことがあるAさんだった。久しぶりだったので、元気なのか、近況を聞こうかと思いきや、

「放火、あの放火です。まだ犯人の名前はニュースに出ていないが、私には思い当たる男がいるんですよ」

 とAさんは、息せき切って話し始めた。

「谷本という男です」

 その時点で、谷本容疑者の名前は浮上していた。ビル放火の30分ほど前に、北新地から3.5kmほど離れた谷本容疑者が住んでいた住宅で、ぼや騒ぎがあったからだ。しかし、それが放火殺人事件と関係があるのか、まだ報道できるレベルではなかった。Aさんは、

「谷本は前に刑務所にいました。5年ほど前から知っていて、一緒に競馬に行ったり飲みにも行った。きっとこいつなんです」

 と話した。

 私は「谷本」と繰り返すAさんに、その根拠などを確認してくれるように依頼して、電話を切った。

 翌朝、7時半ころだった。携帯電話に着信があり、Aさんからだった。

「やっぱり谷本ですよ」

 前日、Aさんは谷本容疑者の自宅とおぼしき場所を2カ所知っていると言っていた。

 朝起きると記憶を頼りに、自転車で谷本容疑者の家に向かったところ、パトカーが止まり谷本容疑者の自宅らしき場所に出入りしているのを確認したという。すぐに、谷本容疑者の自宅近くに警察と消防車両がある写真も送信してきた。

 私も教えてもらった現場に向かった。ニュースでも名前までは出さないが、谷本容疑者の犯行を前提にした内容が出始めた。

 Aさんの情報はズバリ的中していた。

 かつて谷本容疑者は殺人未遂罪で懲役4年の実刑判決を受け、服役していたことがある。Aさんも拘置所にいたことがあり、そのつながりで谷本容疑者と知り合ったという。

 Aさんはなぜ、谷本容疑者の犯行だと考えたのか。その理由について、

「谷本から、『いろいろ心療内科に通っているが、薬ばかり出され効果がない、治らない。医者はカネばかりとって、何もしてくれへん』と怒りを募らせていた。北新地近くの病院に通っているとも聞いていた」

「普段はおとなしいが、ブチ切れると何をするかわからない男。酒をたらふく飲み、そのあと急に怒り出す。心療内科からもらった薬をビールで流し込み、ふらふらになったこともある。スイッチが入ると、とんでもないことをやりかねない」

 などと話してくれた。

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今西憲之

今西憲之

大阪府生まれのジャーナリスト。大阪を拠点に週刊誌や月刊誌の取材を手がける。「週刊朝日」記者歴は30年以上。政治、社会などを中心にジャンルを問わず広くニュースを発信する。

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