日中首脳会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席/2022年11月17日
日中首脳会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席/2022年11月17日

「台湾有事の際、日本はどうすべきか」

 東京六大学の一つで講義「日本外交と人権」を受け持っている。先日、クラスをグループに分けて、このテーマでディスカッションし、結果を各自まとめて提出するよう求めた。

 自衛隊派遣? 経済制裁? 中立? どんな意見が出ただろう、と思いながら、授業後、学生たちのリアクションペーパーを読んだとき、私を驚愕させたのは「“台湾有事”の意味が分かりませんでした」というコメントであった。

 翌週、「台湾有事」が「台湾における戦争」を指していることを伝え、それを知っていたか否かをクラス全員に問うたところ、実にクラスの3分の2が「知らなかった」と答えた。

 20年ほど前、「有事法制」制定の際に政府が「戦争法制」と呼ぶと国民の賛成を得られないとして「戦争」を「有事」に呼び変えて広がったこの表現が、政府の狙い通り国民の理解を阻害している。

 しかし、政府の策略はさておき、優秀な大学に通う学生の過半数が「“台湾有事”の意味が分からない」という日本社会の中で、政府は「台湾有事は日本有事」と唱えながら、この年末にも敵基地攻撃能力を認め、5年内の年間防衛予算2倍増を閣議決定しようとしている(2022年度予算は約5.4兆円で、27年度に約11兆円となるように積み上げる)。国民的議論の末に決定されるべき大きな変化にもかかわらず、賛否の議論は社会でほとんど耳にしない。圧倒的な国民不在感だ。

 そして、わずかになされている議論でも、空虚な軍拡論一本やりで、重要な検討事項はことごとく漏れ落ちている。

 では、今の議論から漏れ落ちているのは何か。

■人的・物的被害について

 まず一つ目。台湾有事のリアリティーが全く語られていない。

 米軍が台湾有事に介入することになれば在日米軍基地からの出撃が強く想定され、結果、米軍基地をおく自治体は反撃のターゲットとなる。沖縄では、その空気を正確につかんで「二度と沖縄を戦場にするな」との運動が広がり始めている。沖縄県内の各自治体で避難計画の策定が問題となっているが、石垣市は市民の避難に9.67日を要し、航空機がのべ435機必要、宮古島市も観光客を含め避難にはのべ381機が必要との試算である。有事には自衛隊機は台湾に向かっている可能性が高く、また、いざ避難となれば宮古島市も石垣市も同時避難となる可能性が高い。この数の航空機確保は机上の空論である。シェルター設置も政府が検討するというものの、シェルターや避難計画がどれだけ充実しても、有事になれば大規模な被害は避けられない。

<沖縄の方々には気の毒だけれど、自分は沖縄に住んでいないから大丈夫>

 このような意見もあるだろう。しかし、米軍基地は、沖縄に限らない。三沢・横田・横須賀・岩国・佐世保などの各基地受け入れ自治体周辺は同様の被害を受ける可能性があるし、後方支援であっても自衛隊派遣となれば、自衛隊基地ほか国内の随所もターゲットとなる。日本本土に広くシェルターを整備するのは不可能である。

 自分たちが有事に被害者となりうるという事実が、日本の議論からすっぽり抜けている。

■経済的被害について

 この秋、欧州を訪問した際に、ドイツで、独政権与党で重要な地位にある国会議員から質問を受けた。

「日本では、中国への経済制裁についてどんな議論がされているのか?」

 中国に対する経済制裁――日本で耳にしたこともなかったため、一瞬、頭が混乱したが、冷静さを保って答えた。

「日本では、対中経済制裁の議論はされていない。経済のデカップリングの議論ですら緒についたところだ。中国は日本の最大の貿易相手国で、全貿易額の約23%(2021年)が対中貿易である。中国への経済制裁などありえない」

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猿田佐世

猿田佐世

猿田佐世(さるた・さよ)/シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」代表・弁護士(日本・ニューヨーク州)。各外交・政治問題について、ワシントンにおいて米議会等にロビイングを行う他、国会議員や地方公共団体等の訪米行動を実施。研究テーマは日米外交の制度論。著書に「新しい日米外交を切り拓く(集英社)」「自発的対米従属(角川新書)」など

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