賑わうスペイン広場。キーツ、シェリー記念館は右角の建物(写真提供:帚木蓬生さん)
賑わうスペイン広場。キーツ、シェリー記念館は右角の建物(写真提供:帚木蓬生さん)

 ネガティブ・ケイパビリティを知らなかったら、苦しかったでしょうね。眉間にしわを寄せたドクターになっていたと思います。

――ただ、患者さんは、お医者さんへ行けばすぐによくなるんじゃないか、と期待するのではないですか。

 お薬が効くまで10日から2週間かかりますし、それは待ってもらわないといけません。

 それと私は「まあ、これ以上悪くなることはありませんよ。これはよくなる病気ですよ」と最初に言います。受診して、それ以上に悪くなることはあまりないですよ、治療が始まりますから。期間はいろいろでしょうけれど。

 それに少し良くなれば、精神科の場合は本人も家族も安心しますし。「すぐ直してください」というのは、外科くらいじゃないですかね。

――ネガティブ・ケイパビリティは、どうやったら鍛えられますか。

 よく聞かれますけれど、「それはノウハウだから、それこそがネガティブ・ケイパビリティの概念から外れます」と答えます。

 頭の隅に、「こういう能力がある」ということを置くだけでいいんです。頭に置いといて、逃げないで、stay and watchで見届ける。with wonderで興味を持って。そうしていけば、力がついてくるんじゃないですかね。実感すると思いますよ、この力の効用を。

――この概念が頭の片隅にあれば、「すぐにわからなくてもいいんだ」と思える。私がここでまごまごしているのも、能力なんだ、と。

 そうそう。「まごまごしているつまらない私」じゃないんですから。まごまごする能力。何も悪いことしてませんから。いいことが必ずやってきますよ。

 私は、小説を書く上でも、ネガティブ・ケイパビリティに助けられました。患者さんと一緒に将来に向かって歩いていくのと同じように、登場人物と一緒に先へ進んでいく。二刀流で、実践してきたような感じがあります。

――小説を書くのは暗闇を懐中電灯を持って歩くのと似ている、と書いておられましたね。見えるのは光が届く範囲だけ。闇に耐えて進んでいくと、ぼちぼち様子が見えてくる。ネガティブ・ケイパビリティは、やがて理解や共感に至る力なのですね。簡単に「わかったつもり」になることを戒める言葉だと、私は受けとめました。

(取材・文/河原理子)