ときに「近所の理髪店のおじさんが国家秘密など知っているわけがない」という真っ当な反論をしてくれる友もいましたが、小学生の私は陰謀論をうそと否定されることはすなわち「自分が普通の人である」と言われているように感じました。

 年齢とともにその陰謀論は常識的にうそだと理解できるようになりましたが、数年間は世の中の全ての出来事がその陰謀論とつながっているような錯覚に陥りました。

 おそらく、理髪店のおじさんも、無知だった小学生の私をだまそうと陰謀論を語ったわけではないでしょう。おじさん自身が陰謀論を信じていたからこそ、私に教えてくれたに違いありません。

 うそやデマ、陰謀論などがまことしやかに世の中にあふれ、真実と区別がつかなくなる状況をインフォデミックと呼びます。インターネットが普及した現代社会では、人々は簡単に陰謀論にたどり着きます。自分では深く勉強していると思って、結局のところデマの情報ばかり集めてしまっている人も見かけます。

 先の「ワクチンにマイクロチップが含まれている」という陰謀論は、反ワクチンを指導する団体や一部の医者(とても残念ですが)がインフルエンサーとなって広まっています。

「国や製薬会社は私たちをだまそうとしている。真実に気がついた私たちが声を上げよう」と。

 実は陰謀論を語る人の背景には、お金や名声を得ようとする陰謀が存在していることに多くの人は気がつきません。

 最近の調査で、アメリカのSNSの81万件以上の投稿を分析した結果、12人の反ワクチン主義者が反ワクチンコンテンツの3分の2を生み出しているということがわかりました。驚くべきことに彼らは、少なくとも3600万ドル(40億円弱)の収益を毎年生み出しているようです。

 反ワクチンはすでに大きなビジネスになっています。

 自分の恥ずかしい経験を振り返ってみると、陰謀論とは楽して特別な存在になれる薬のようなものでした。陰謀論に酔うのはとても気持ちが良いものです。

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