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「本当に効果あるの?」 “超独特”なトレーニングで技術を磨いた選手たち

久保田龍雄dot.
元西武のトニー・フェルナンデス(OP写真通信社)

元西武のトニー・フェルナンデス(OP写真通信社)

 体が資本のプロ野球選手にとって、日々のトレーニングは不可欠だが、プロで輝かしい実績を残した選手の中には、周囲が驚くような変わったトレーニングをしていた者もいる。

【写真】「平成で最もカッコいいバッティングフォーム」はこの選手!

 今でも伝説として語り継がれているのが、王貞治(巨人)の日本刀を使った“命がけの練習”だ。

 1961年オフに就任した荒川博打撃コーチは、王の打撃フォームを修正し、ホームランバッターとして素質開花させるため、バットの代わりに日本刀を握らせ、天井に吊るした新聞紙や短冊を切るよう命じた。

 入団3年目の王は、2年目に打率.270、17本塁打を記録したが、同年は.253、13本塁打と成績を下げ、自信をなくして練習にも身が入らない状態だった。

 当時の王は、右足のステップのタイミングに上半身の動きが伴わず、上下バラバラ。居合道の心得のある荒川コーチは、この欠点を修正するために一本足打法への改造を考え、異例のアイテム・日本刀を用いた。

 少しでも手元が狂えば、自分自身をも傷つけかねない危険な練習は、正確な角度で切りつけることによって、ボールを芯でとらえる感覚を養う、日本刀を振り下ろす動作から打球を遠くに飛ばすダウンスイングを習得させる、どんな状況下でも一本足打法を崩さない強い精神力を身につける──の3点が主目的だったという。

 その効果はてきめんで、翌62年、王は38本塁打、85打点を記録し、初の本塁打王と打点王の二冠に輝く。

 だが、迷った時期もあった。アンバランスなフォーム故に「二本足で打てば、4割は打てるはず」と63年オフから64年春まで二本足で打ってみたが、打球の伸びが違い、しっくりこなかったため、「私にはこれしかない」と再び一本足に戻した。

 迷いが消えた同年、王は日本新のシーズン55本塁打を記録。その後は、一本足で立った王をほかの選手が押してもビクともしないほどの至高の状態に達している。

 オープン戦に出場したのに、1回もバットを振ることなく、ボールを見るだけという前代未聞の調整で度肝を抜いたのが、ロッテ時代の落合博満だ。


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