炎柱・煉獄杏寿郎(画像はコミックス8巻のカバーより)
炎柱・煉獄杏寿郎(画像はコミックス8巻のカバーより)

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、3月1日までに興行収入381億円を突破した。この映画では、炎柱・煉獄杏寿郎の「家族」にまつわるエピソードが紹介されている。杏寿郎の母は聡明で映画でも重要な役回りだった一方、元炎柱の父については酒浸りのダメ親のように描かれている。だが、物語を丹念に追うと、煉獄家のストーリーはそう単純ではない。ここでは、父・母との関係性が、煉獄杏寿郎の「生き方」にどのような影響を与えたのか改めて考える。【※ネタバレ注意※】 以下の内容には、映画の内容および既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

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■炎柱・煉獄杏寿郎の家族

『鬼滅の刃』の劇場版「無限列車編」では、炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)がメインキャラクターとなり、彼の生き様、人格、信念が、観客の心をつかんだ。ファンの多くは、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の呼び方にならって、敬意をこめて彼のことを「煉獄さん」と呼ぶ。

 この映画では、代々、炎柱を輩出している名門・煉獄家のエピソードが紹介された。杏寿郎の強靭な心を、その母親である瑠火(るか)との思い出が支えていたこと、弟・千寿郎(せんじゅろう)との兄弟愛も話題となった。しかし、その一方で、杏寿郎が「若き炎柱」として、鬼殺隊の中で躍進することを喜ばない、彼の父親・槇寿郎(しんじゅろう)の言動は観客を困惑させた。この父親にして、なぜ杏寿郎はあそこまで立派な人格者になれたのか。疑問に思った人も多かったのではないだろうか。

■「聡明な母」からの教え

<生まれついて 人よりも多くの才に恵まれた者は その力を 世のため人のために 使わねばなりません>(煉獄瑠火/8巻・第64話「上弦の力・柱の力」)

 自分の死期を悟った母が、「炎柱」の後継になるであろう息子・杏寿郎に、煉獄家の剣士としての誇りを伝えた。母・瑠火は、鬼狩りの一門・炎柱の血統を守り続ける「煉獄家」に嫁いできたわけであるが、煉獄家が果たしている危険な任務の重要性を、彼女自身が十分に理解していたことが、この言葉からわかる。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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かつては「立派な炎柱」だった父