あのね…、今年はこれまでで一番「M-1」をすごい番組やと思った。それは何かというと、今年は何をしてても、何を見てても、頭の中にコロナがあるわけよ。

 講演もなくなって、とにかく時間があるから、こんなにテレビを見た年はないというくらい見てたんやけど、見るたびにしんどくなってた。ニュースはもとより、ドラマを見ようが何を見ようが、常にコロナのことを考えるから。

 でも、今回「M-1」見てる間はコロナの“コ”の字も頭に出てこんかった。自分でもビックリした。終わってからそれに気づいて、ホンマにすごいと思った。

 なんちゅうたらエエんやろな…。「M-1」をやってた3時間半は、少なくともコロナに勝ってた。改めてお笑いのすごさをこの歳になって痛感しました。こんなこと、あるんやね。

 今、講演はストップしてるけど、ま、正確に言うと、ストップしてるからこそ、毎日、最低1時間は頭の中でネタを繰ってるんです。いつ再開できるかわからんけど、再開できた時に「ヘタになったな」と思われるのはイヤやしね。

 それが今回の「M-1」を見て、よりいっそう、強くなった。ほんで、人を笑わせること以外、オレの仕事はないと再確認しました。

 若手の頃、始めてもらった賞が「NHK漫才コンテスト」で優勝した時の「優秀話術賞」でした。「優勝」じゃなくて「優秀話術賞」が1位の賞の名前やったんです。その賞をもらったんやから、話術で日本一にならなアカン。その時からその思いがありました。

 オレは、話術というのは人の役に立たないとアカンと思ってます。しゃべるという技術は人に喜んでもらって初めて意味が出るんやから。

 コロナがあって、今回の「M-1」があって…。もし、また講演ができる環境になったら、しゃべりが爆発すると思います。それだけエネルギーをもらったからね。

 講演を聞いてる人からしたら「どんだけしゃべんねん」とくたびれるかもしれんけど(笑)、オレも負けてられへんしね。その日が来たら、ガンガンやってやろうと思ってますよ。

■島田洋七(しまだ・ようしち)
1950年2月10日生まれ。広島県出身。本名・徳永昭広。71年に「島田洋之介・今喜多代」に入門し、72年にデビュー。74年、現在の上方よしおと組んでいた「B&B」として「NHK漫才コンテスト」で優勝に該当する「優秀話術賞」を受賞する。75年に相方を島田洋八に変えた「B&B」で、80年代の漫才ブームにおける牽引者となり、フジテレビ「笑ってる場合ですよ!」などレギュラー番組多数。小学2年から中学卒業までの8年間を過ごした佐賀の祖母を綴った小説「佐賀のがばいばあちゃん」が2004年に注目され、シリーズ本が累計1000万部を超えるベストセラーとなった。また、02年から5年間、「M-1グランプリ」で審査員も務める。約30年前から1時間以上しゃべりっぱなしの講演会を開催。多い時には年間300回、ここ最近でも年間100回ペースで行ってきた

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中西正男

中西正男

芸能記者。1974年、大阪府生まれ。立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当として、故桂米朝さんのインタビューなどお笑いを中心に取材にあたる。取材を通じて若手からベテランまで広く芸人との付き合いがある。2012年に同社を退社し、井上公造氏の事務所「KOZOクリエイターズ」に所属。「上沼・高田のクギズケ!」「す・またん!」(読売テレビ)、「キャッチ!」(中京テレビ)、「旬感LIVE とれたてっ!」(関西テレビ)、「松井愛のすこ~し愛して♡」(MBSラジオ)、「ウラのウラまで浦川です」(ABCラジオ)などに出演中。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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