ちょ、ごめん、書いてる途中だが、いま気づいた。下積み時代を自慢してみようと思って書いていたが、皆さまにお読み頂く価値、ないね、コレ。そして俺が20代を「暗黒」と言うのは、上記のごとき風呂なしアパートとか1日1500円とか、そういうこっちゃないわ。
自分が自分の望むナニかになれるか、その不安で、はち切れんばかりになってたんだわ。いや、もちろんその不安はまさに「暗黒」なのだけれども、そして風呂なしアパートや1日1500円はその不安に拍車をかけたかもしれんけど、中枢にあったのは、暗くて冷たい澱の正体は、そういう物理的なことじゃなかったんだわ。
「俺はホントに俳優になれるんかいな。マジで。マジでマジでマジで」
コレだったんだわ。コレに尽きるんだわ。いや~ごめんなさい、いま気づきました。ホント、当コラムはいろんなことに気づかせてくれますなあ。あはははははははは。
笑い事ではない。何を勝手に書き始めて何を勝手に合点がいっておるとお思いだろう。しかし僕には大切な「気づき」だ。
数年前、ある銭湯に息子と行った。その銭湯には猫の額ほどの小さな露天風呂があり、そこに息子と一緒に入った。そこから見える空を見上げながら息子に言った。
「お母さんと知り合った頃、お父さん、毎日このお風呂に入って、毎日この空を見上げてたんだよ」
「ふ~ん」。息子は、ただ、聞いている。
「その時、お父さんもお母さんも若くてさ、いろんなことがうまくいかなくて、毎日この空を見上げながら、なにくそ!なにくそ!って思ってたんだよ」
スーパーの帰りに手をつないで見るのと同じ、オレンジ色の空を見上げながらそんな話を息子にした。
悦に入った父からそんな話を聞かされた息子はいい迷惑だったかもしれない。すでにそんな話を聞いたことも覚えてないかもしれない。
でも、これは何度でも息子に自信を持って言える。
うまくいかないことばかりでも、前を向いて、空を見上げて生きなさい。
その銭湯の帰り、僕と息子に、番台さんがニコニコしながら言った。「次の定休日は〇月〇日ですぅ~」。「また来ます。息子を連れて」と僕は答えた。
よし。今度から、胸を張って、こう答えることにしよう。
「ええ、もちろん。下積み時代も良き思い出です」
■ 佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や「幼獣マメシバ」シリーズで芝二郎役など個性的な役で人気を集める。ツイッターの投稿をまとめた著書『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)のほか、96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がける。原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)が近日公開予定