こうした結果を踏まえ、業界団体「全日本印章業協会」の徳井孝生会長は、「社内インフラが整っていないのに、ハンコばかりが標的になるのは心外だ」と話す。

「ハンコが主たる原因だというのは間違いです。テレワークを進めるのであれば、社外にデータを持ち出せるようセキュリティーを強化するなど、ほかに取り組むべき事柄があるはずです。仮想敵を作ったほうが、話を進めるのに都合がいい。そのわかりやすいシンボルとして、ハンコがやり玉にあげられているように感じます」(徳井会長)

 こうした業界側や議連の主張に反して、6月19日、政府は「脱ハンコ」に向け本格的に舵を切った。内閣府・法務省・経済産業省が連名で、契約書の押印についての見解を記した文書を公表したのだ。同文書には「特別の決まりがない限り、押印をしなくても契約の効力に影響は生じない」と記されており、日本における押印主義の慣行を覆す形となった。

 この見解に対し、前出の徳井会長は、「ハンコの要不要について政府としての姿勢が示されたというのは、脅威ではあります。とりわけ法務省については、これまで押印を重視する考えだった。連署に名を連ねていたことについてはいささか驚きました」と明かす。

 政府が見解を出した以上、「現状として受け入れざるを得ない」というが、徳井会長は「全員が、すぐにハンコを使わなくなることにはならない」とみる。「ハンコを使わなくてもいいというお墨付きが出ましたが、政府はハンコの使用を否定しているわけではありません。私としては、選択肢が広がったという解釈をしています。今後はハンコを使う人と使わない人の二手にはっきり分かれるでしょう」

 一方、テレワークを積極推進したい企業やデジタルネイティブが多勢を占める企業などは、今後一切ハンコを使わなくなることも予想される。政府が見解を出す以前から、形骸的な押印を厭う人は年々増え、アナログのハンコを使う機会は減っているのが実情だという。同業界団体の規模も、ピーク時の70年代~80年代には会員数が約3千人いたが、現在は940人にまで縮小している。

 こうした現状でも徳井会長は、「最後の一人がデジタルに移行するまで、我々は良質な印章を提供する使命を担っている。1人でも需要がある限り、我々はハンコを作り続けます」と話す。今後、ハンコ離れは加速度的に進んでいくと予想される。だが、アナログのハンコはデバイスを持たないお年寄りをはじめ、簡易に証明ができる手段として、まだニーズが残っていることも確かだ。

(AERAdot.編集部/飯塚大和)