つまり、空気の問題、初速度の問題、ともにかなり大きく、浮いたままの海外旅行はあきらめるほかありません。しかし、逆に空気の影響を利用した、手軽な海外旅行の可能性が少しあります。日本付近の中緯度地方の上空数千メートルで西から東に吹くジェット気流に、気球などを使って乗ることです。

 前に説明した地球の自転による地面の移動のことを思い出してください。赤道付近の地面は回転の直径がもっとも大きいので、日本付近よりももっと速く移動しています。ジェット気流は、この「超」音速で移動している赤道付近の地面の摩擦によって、その上空の空気が回転し、ひき起こされます。赤道付近で回転が加速した空気は、中緯度地域に移動します。すると、中緯度付近の地面はもともと音速で回転していますが、この赤道付近から来た空気によってもっと速く回転し、ジェット気流になるのです。国際線の航空機はジェット気流の影響を受けるので、世界一周旅行を東回りでまわると移動時間がかなり少なくすむことが、すでによく知られています。

 気球に乗ってジェット気流で手軽に海外旅行と聞くと、優雅な感じがしますが、途中で海に落ちてしまう危険があるので、現実は命をかける大冒険になってしまいます。じつは、太平洋戦争のさなか、日本軍はこの発想で気球に人間ではなく爆弾を積んで、アメリカ本土に攻撃を仕掛けていました。その「風船爆弾」のいくつかは実際にアメリカ大陸まで到達していたそうです(明治大学平和教育登戸研究所資料館の史料より)。

 将来、技術開発が進んで、気球に乗って安全に、そして優雅に海外旅行ができる日がくるかもしれませんね。

【今回の結論】浮いているだけの海外旅行はできそうもないけれど、そのような可能性を考えることで、別の新たな旅行方法が見つかるかも

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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