一方で、オネゲル自身の著作『わたしは作曲家である』(吉田秀和訳・創元社/1953年)には、次の記述がある。

【実際ひとはそういってますね(筆者注:機関車の発車から全速力での疾走を思い浮かべさせようとオネゲルが意図したということ)、ですがわたしの意図はそこにはなかつたのですよ。(中略)わたしはあのパシフィックの中で、極めて抽象的な観念的な楽想を追求してみたのです。(中略) わたしは始めあの曲を≪音楽的運動≫と呼んだのです(中略)。それから考え直してみて、それじゃ少し味も素気もなさすぎると思つた。突然、ロマンチックな考えが頭に浮かんだので、わたしは作曲を終えてから、あの題をかきつけたのです。】

 表題の「パシフィック231」とは、前方から4-6-2の車輪配置(軸配置2-c-1)を持つ蒸気機関車を指し、米国の分類で「パシフィック(Pacific)」と呼ばれているものだ。つまり「パシフィック231」という形式の機関車があるわけではないが、車輪配置というメカニックに着目したタイトルは、オネゲル自身が機関車に愛着を抱いていたことの証明なのではないかという気もする。2c1の軸配置は、日本ではC51形からC59形まで数多くの旅客用蒸気機関車で採用され、貨物用の1D1と並んで最も馴染み深い軸配置のひとつ。今も2両が走るC57形もこの軸配置だ。C57形の走行音と「パシフィック231」を聴き比べてみるのも一興だろう。

 オネゲルには、ほかにピアノ曲「観光列車(Scenic-Railway)」があるが、同じフランスの作曲家・イベール(Jacques Ibert)の「交響組曲パリ」の第1曲目「メトロ」もオススメしたい1曲。「パシフィック231」とはまたひと味違う鉄道の疾走感を体感できるに違いない。(文・植村誠)

植村 誠(うえむら・まこと)/国内外を問わず、鉄道をはじめのりものを楽しむ旅をテーマに取材・執筆中。近年は東南アジアを重点的に散策している。主な著書に『ワンテーマ指さし会話韓国×鉄道』(情報センター出版局)、『ボートで東京湾を遊びつくす!』(情報センター出版局・共著)、『絶対この季節に乗りたい鉄道の旅』(東京書籍・共著)など。