そんな杏樹は、なぜ無名俳優の喜多村にほれたのか。

「名も無き職人タイプだからでしょう。喜多村さんが有名人だったらなびかなかったはず。10代でデビューしてから長らく芸能界の水につかってきた彼女は、普通の20代が経験するようなことに憧れていました。今回、文春の報道で『海岸デート』『ラブホテル』というキーワードが出てきたとき、彼女らしいと思ってしまった」(同前)

 杏樹の喜多村への心酔ぶりは相当だったという。冒頭の芸能関係者が言葉を続ける。

「不倫が発覚後、事務所が彼女に聞き取り調査をしたのですが、『(喜多村に)奥さんと別れるように言った』とか『別れたら結婚する予定だった』とか、危ない発言が多々あったそうです。彼女の恋心は行き着くところまで行ってしまっていた。そうじゃないと、みずから運転する車で千葉県内のラブホテルまで行きませんよ」

 不倫発覚後、杏樹は次のようなコメントを公表している。

<今年に入って、お相手から独り身になるつもりでいるというお話があり、お付き合いを意識するようになりました>

 図らずもその一文が「燃料」となり、瞬く間に大炎上。喜多村の妻である貴城は杏樹の身勝手な言動に激怒した。

「報道直後はショックのあまり入院していましたが、その病床で相手方(杏樹)を訴えたいと息巻いていたそう。現在も夫婦関係には亀裂が入ったままです。さらに4月に予定していた公演が新型コロナの影響で中止に追い込まれたこともあり、いまだ精神的に不安定な状態が続いています」(貴城の知人)

 あだとなってしまったのは、杏樹の“経験値”の乏しさだったのかもしれない。(後藤武彦)