剛力彩芽が人気再燃 オスカーお家騒動で「残りものに福」となる? (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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剛力彩芽が人気再燃 オスカーお家騒動で「残りものに福」となる?

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宝泉薫dot.#宝泉薫
演技の実力が再評価されてきた剛力彩芽(写真/朝日新聞社)

演技の実力が再評価されてきた剛力彩芽(写真/朝日新聞社)

 アカデミー賞のトロフィーの名からネーミングしたと思われるモデル事務所・オスカーが急成長したきっかけは、1980年代後半、ゴクミこと後藤久美子が「国民的美少女」と呼ばれ、ブームを作ったこと。これを機に芸能事務所としての機能も備えるようになり、87年には「全日本国民的美少女コンテスト」をスタートさせた。その会場に取材で居合わせたが、審査員に当時の労働大臣が呼ばれるなど、まさに「国民的」をアピールする意気込みが感じられたものだ。

 このとき、グランプリに輝いたのは藤谷美紀。当時、知人の編集者と「このコンテストって、ゴクミからの誤差をどこまで許すかみたいな選考基準だよね」という話をした記憶がある。あくまでゴクミ基準というか、タレント性などよりもオスカー的な美に重きを置くものに感じられたからだ。

 しかし、芸能事務所としての実力が増すにつれ、美の幅も、タレント性の幅も広がっていった。97年には、小6の上戸彩が国民的美少女コンテストの審査員特別賞を受賞。ゴクミとは対照的な和テイストの美少女で、4年後には「3年B組金八先生」で性同一性障害の生徒を演じ、スターの仲間入りをする。

 じつは剛力が登場したとき、上戸に似ていると話題になった。そして、オスカーとテレビ東京が手がけた初主演ドラマで「インターセクシュアル」という性的少数者の役を演じた。上戸の成功例に倣ったものだろう。

 ただ、オスカーの副社長はインタビューで米倉や武井咲を正統派としたうえで、上戸と剛力について、それとは異なる「もう片方の路線」という言い方をしている。ある意味、この事務所の女優としては異端なのだ。それでも、上戸は世の中のニーズに見事にハマったが、剛力はそこまでではなかった。

 その理由について考えるにあたり、思い出すことがある。剛力が「はなまるマーケット」(TBS系)に出演した際、オスカーの新人を長年レッスンしてきた演技の先生が「とにかく強い。こんなに強い子は見たことがない」という発言をしていたのだ。

 


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