視聴率を取れる芸人や好感度の高い芸人はほかにもたくさんいる。だが、お笑い界を代表する芸人は誰なのかと言われると、やはり今の時代のトップに立っているのは松本なのだ。なぜなら、松本が今のお笑いの流れを作った張本人であり、唯一無二の権威であるからだ。

 現在、松本は「M-1グランプリ」「キングオブコント」の2つの大会で審査員を務めている。漫才とコントで誰が一番面白いのかを決める役割が、松本に委ねられているのだ。

 特に「M-1」がこれだけの人気イベントになったのは、スタートした2001年から松本が審査員を務めていたから、というのが大きい。当時すでに現役の最先端のプレーヤーでもあった松本が、審査する立場に回るというのが当時は衝撃的だった。「M-1」の仕掛け人の1人である島田紳助の戦略が的中したのだ。

 また、松本はお題に対して答えをフリップに書く「フリップ大喜利」を世の中に広めた第一人者でもある。だから、松本は大喜利番組「IPPONグランプリ」でも大会チェアマンを務めている。漫才・コント・大喜利の3つの分野で松本は権威となっている。それだけではない。あらゆる笑いの手法や企画は、松本の手によってこれまでにやり尽くされてきた。

 先輩が後輩の面倒を見るのは、芸人の世界では普通のことだ。だが、松本の場合、単に「先輩が後輩の世話をする」ということを超えて、お笑い界そのものを守りたいという純粋な思いが感じられる。

 闇営業問題など、芸人が本業とは関係ないことであれこれ言われるのは、芸人にとっては仕事がやりづらくなるため、不本意なことだ。この件で松本が吉本の上層部にたびたび苦言を呈していたのは、まさにそのためだ。「芸人ファースト」という言葉が象徴しているように、芸人が笑いを作る環境を守るためにも、松本は立ち上がらざるを得なかったのだ。

 私自身も思春期にダウンタウンに出会って衝撃を受けて以来、数十年来のファンである。その最大の理由は、単に松本の作る笑いが面白いとか新しいというだけでなく、松本は最終的に笑いを守る側に立ってくれる、という絶対的な信頼感があるからだ。それがあるから松本を笑いの権威として認められるし、期待もできるのである。

 後輩の尻をぬぐい、笑いの灯を消さない。松本に課せられた使命は1人の人間が背負うにはあまりにも重い。だが、ほかにそれができる人がいないのだから仕方がない。あの隆々とした筋肉は、その重みを背負うためにあるのかもしれない。(ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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