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ラグビーブームのなか、中川家に再評価の声が高まる必然

連載「道理で笑える ラリー遠田」

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ラグビー関連のイベントなどに引っ張りだこの中川家(C)朝日新聞社

ラグビー関連のイベントなどに引っ張りだこの中川家(C)朝日新聞社

 この3組の中で、最も即興性の高い漫才をやっているのが中川家だ。彼らの漫才には、決められた台本というものが存在しない。その場の雰囲気を見て、アドリブでネタを進めていく。もちろん大きな流れはある程度は決まっていることが多いのだが、細かい言葉のやり取りはすべてその場その場で瞬間的に生み出されている。彼らはデビュー当時からこのやり方を貫いていた。

 その漫才の完成度は初めから群を抜いていた。実の兄弟である彼らは、日常会話の延長線上で漫才を演じることができた。普通のお笑いコンビが何年もかけてたどり着く境地に、彼らは最初から至っていた。

 さらに、彼らは昔ながらの漫才そのもの愛好者であり、信奉者だった。太平サブロー・シロー、オール阪神・巨人などの漫才を見て影響を受け、中田ダイマル・ラケットなどの過去の名人の漫才にも触れていた。彼らはそこから自分たちの漫才の型を作り上げていった。

 若手時代の彼らは大阪を拠点に活動していた。当時の大阪の若手お笑いシーンでは、千原兄弟、ジャリズムなどコントを演じる芸人に勢いがあった。中川家の漫才は玄人には評価されるものの、メジャーにはなっていなかった。

 そんな状況が一変したのが2001年に始まった「M-1グランプリ」である。この新しい大会で、優勝候補と呼ばれた中川家はプレッシャーをはねのけて見事に優勝を果たした。彼らが古典的な「しゃべくり漫才」の強さを見せつけたことで、漫才という芸にも再評価の機運が高まり、その後の「M-1」ブーム、漫才ブームにつながった。

 彼らのネタやものまねは「マニアック」と言われることもあるが、彼ら自身は決してマイナー志向でその題材を選んでいるわけではなく、それ自体を心から面白がっている。漫才もラグビーも中川家も、あるときから急に面白くなったわけではなく、もともと面白いものだった。あとから人々がそれに気付いただけなのだ。昔ながらの漫才で笑いを取り続ける中川家は、いまや漫才文化の伝道師のような存在だ。(ラリー遠田)


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ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・ライター、お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。近著は『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)。http://owa-writer.com/

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